サバイバー 2


沈黙の系譜――支配と攻撃の構造について

 言葉は、それ自体が一つの思想を形作っている。日本語において「支配」という概念に対し「服従」という対語が安定した位置を占めている事実は、権力関係を一つの秩序として固定しようとする、この社会の古くからの意志を反映しているように思われる。しかし、一度「攻撃」という動的な暴力に目を転じれば、そこには奇妙な空隙、あるいは観念の歪みが露呈する。

 「攻撃」に対応する、受動側の主体を指す言葉は、驚くほど乏しい。「被害者」という法的な、あるいは「犠牲者」という受難的な表現はあるが、蹂躙(じゅうりん)され、踏みにじられている最中の生々しい実存を指し示す言葉は、言語の体系から注意深く排除されているかのようである。

 存在が言葉によって定義されないとき、その存在は社会の意識から消去される。攻撃する側が歴史の表舞台で饒舌に語り、あるいは賞賛を浴びる一方で、攻撃される側の真実は、常に名付けえぬ沈黙の深淵へと沈められてきた。これは単なる語彙の欠如ではなく、強者の論理によって形作られた日本の精神構造そのものの反映ではないだろうか。

 この支配と攻撃の構図は、マクロな国家間から、ミクロな家庭内の密室に至るまで、驚くほど相似形を保っている。
 敗戦後の国際関係における支配と服従、あるいは戦火における「蹂躙」の記憶。それがかつての国家の貌(かたち)であったとするならば、現代の家庭内における虐待やDV(家庭内暴力)は、いわば矮小化された、しかしより逃げ場のない「内なる戦場」である。

 興味深い、あるいは戦慄すべき事実は、これら攻撃の主体となる者が、自らの行為について驚くほど語らない、ということだ。加害者の内面、すなわち虐待する側の心理や、攻撃を正当化する側の論理が、詳細な自己分析を伴って語られることは稀である。
 彼らは徹底して、内省という行為を拒絶する。自己の行為を客観化し、そこに潜む醜悪さを直視することは、彼らの自己保存の本能にとって致命的な脅威となるからだろう。内省しないことによって自己を防御する。この「認識の拒絶」こそが、攻撃者の魂を支える最後の支柱となっているのである。

 これを個人の道徳の問題として片付けるのは、おそらく容易すぎる。
 他者を圧倒し、攻撃することに充足を覚える性質は、脳機能の回路に深く刻まれた、進化論的な遺産であるのかもしれない。かつての厳しい生存競争において、強者であることは群れの存続を保証する「美徳」ですらあった。支配者は賞賛され、攻撃者は英雄として祀り上げられた。

 歴史とは、いわば支配と攻撃の成功譚の集積である。その長い歴史の過程で、われわれの生物学的、あるいは社会的な「型」が固定されてしまったのだとすれば、これはもはや通常の意味での「治療」が可能な領域を超えている。
 反省を拒むことで自己を維持する仕組みが、脳の深部に、あるいは文化の骨格に組み込まれている。だとすれば、この連鎖を断ち切ることは、人間の本性そのものへの、ほとんど絶望的な挑戦ということになる。

 さらに深刻なのは、この「認識を拒む回路」が、密室の中で次世代へと継承されていく事実である。
 家庭という閉ざされた空間において、支配と攻撃の技術は、言葉によらない沈黙の教義として子供に伝わっていく。自らを省みない親の背中を見て育つ子供は、やがて自らもまた、他者を蹂躙することでしか自己を確立できない「新たな支配者」へと変貌する。あるいは、あまりにも深い傷を負った「被支配者」として、沈黙の連鎖に組み込まれていく。

 密室は、認識の光を遮断するための装置である。そこでは、外の世界の理(ことわり)は通用しない。支配者の恣意的な法だけが唯一の秩序となり、攻撃される側の苦痛は、共有されることのない孤独な秘密として凍結される。

 われわれは、この救いのない円環を前にして、何ができるだろうか。

 おそらく、最初の一歩は、この「絶望的な構造」をありのままに、冷徹に認識することである。
 言葉の歪みを正し、排除された存在に名前を与えること。加害者の沈黙が「防御」であることを暴き、密室の壁を、言語という名の光で透視すること。

 人間が生物学的な本性に支配された機械ではないと証明するためには、この「認識したくないこと」を認識し続ける知性の持続以外に道はない。支配と攻撃が「本性」であるなら、内省と対話は、その本性に抗うための「人為」である。そして文明とは、このか細い人為を、長い時間をかけて育ててきた歴史の別名であったはずだ。

 窓の外に広がる世界は、今日も静かに動いている。しかし、その静寂の裏側に、どれほどの沈黙させられた叫びがあるのか。そのことに思いを馳せ、分析し、言葉を紡ぎ続けること。
 私たちが、「人間」としての尊厳を保つために、知的に誠実でありたい。治療困難な病を抱えた文明の、終わりのない看病。

(了)

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