・2026年の衆議院で、立憲民主党と公明党が中道改革連合を結成した。
・その時、立憲民主党は「安保法制違憲、原発反対、護憲」などで公明党側に譲歩した。
・この譲歩には失望が広がった。
・そもそも立憲民主党の結党の趣旨を忘れてどうするとの意見が多い。
・しかし一方で、「すべての方針は自民党と同じで、現状維持、ただ、企業献金禁止を法制化する」そのような方針もあるのではないかとの意見。
・それは、江戸時代の隠れキリシタンが、踏み絵を踏むようなものではないか。
・今回は企業献金禁止を実現する。そのためなら、全て妥協する。内心はうれしくない、苦しい。しかし、次のことは次の選挙で考える。
・個人的にはそれでもいいのじゃないかと思った。
・原則を曲げたらいけないとの意見ももっともだ。
・しかし今回の選挙で、企業献金禁止を実現するのは、いいのではないか。
・実際には、中道に対する同意は拡大せず、惨敗に終わった。
・結果から見れば、踏み絵を踏むなどと考えないで、自分はキリシタンだ、死んでもいい、踏み絵は踏まない、と言ったほうが、生き残れたかもしれない。
・踏み絵を踏んだら勝てるかもしれない、勝てば、企業献金禁止を実現できるかもしれないという空想は、間違いだった。
・それは倫理的に間違いだとの批判が当初からあった。そして事後には、選挙戦術としても間違いだったことが明白になった。
・しかし、立憲民主党の方針転換が真の敗因だったのかどうかは、疑問がある。
今回判明したこと。
・有権者は一貫性を求める:朝令暮改の政党は信頼されない
・差別化の失敗:政策が自民党と同じなら、わざわざ中道に投票する理由がない
・既存支持基盤の重要性:新規支持層を得ようとして、既存支持者を失えば、総体として減少する
・政策が自民党と同じなら、わざわざ中道に投票する理由がないという理屈が私にはわかりにくい。
・企業献金禁止の自民党なら、企業献金ありの自民党よりいいのではないか?
・まあ、立憲民主党のばあいは、企業献金の代わりに労働組合がついて来るから、大きく見れば、資本家か労働者かという話になるんでしょうか。
・政権を取らなければ、何も変えられないのではないか
・しかし、政権を取るために原則を曲げれば、変えるべきものが変えられないのではないか
・そもそも、「消費税・手取り・社会保障費」で目くらましされて、肝心の「自民党安倍派の政治と金」問題は争点から外された。問題のあった議員たちも数多く復活した。これが現実なんですね。もう、なんであれ、これが民意です、ここから出発です。
政治における「誠実性」とは何か—2026年選挙の中道の失敗から考える
序:問題の再設定
あなたの指摘は、私の前回の論考の核心的な弱点を突いています。
「政治って、誠実性を証明する場所ではないし、自民党は不誠実ではないですかね」
この一言は、政治哲学的な「原則論」と、現実政治の「権力論」の間にある深い溝を示しています。私は前者に傾きすぎ、後者の論理を十分に扱いませんでした。
さらに、あなたは重要な疑問を提起しています:
- なぜ「政策が自民党と同じなら、わざわざ中道に投票する理由がない」のか?
- 企業献金禁止という違いは、投票理由として不十分なのか?
- そもそも、立憲民主党の方針転換が真の敗因だったのか?
これらの問いは、単なる選挙分析を超えて、現代日本における政治的選択の構造そのものを問うています。
第一部:「誠実性」という幻想
1. 自民党の「不誠実」が罰されない理由
1.1 公約違反の常態化
自民党は、繰り返し公約を反故にしてきました。
- 消費税増税(「上げない」と言いながら上げる)
- TPP(「反対」から「推進」へ)
- 原発(「依存度を下げる」と言いながら再稼働推進)
- 財政健全化(毎年先送り)
しかし、自民党は政権を維持し続けています。つまり、公約違反は選挙で罰されていないのです。
1.2 なぜ罰されないのか
考えられる理由:
A. 代替選択肢の不在
- 自民党以外に「現実的な」政権運営能力があると見なされる政党がない
- 野党への不信が、自民党への消極的支持を生む
- 「自民党はダメだが、他はもっとダメ」という消去法的選択
B. 組織票と利益配分
- 自民党は、農協、医師会、建設業界など、明確な支持基盤を持つ
- これらの団体には、具体的な利益が配分される
- 公約違反よりも、「実際に得られる利益」の方が重要
C. 「期待値」の低さ
- 有権者は、そもそも政治家が公約を守ることを期待していない
- 「どうせ誰がやっても同じ」という冷笑主義
- 誠実性ではなく、「より悪くない選択」を求める
D. メディアと世論形成
- 自民党の公約違反は「現実的対応」として正当化される
- 野党の政策転換は「ブレ」として批判される
- この非対称性が、自民党に有利に働く
1.3 「誠実性」は政治的資産ではない
あなたの指摘の通り、政治は誠実性を証明する場所ではないのかもしれません。
重要なのは:
- 誰に利益をもたらすか
- 誰の支持を得られるか
- 権力を獲得・維持できるか
倫理的正しさや一貫性は、それ自体では政治的資産にならない。むしろ、「一貫性」は状況変化への適応を妨げる足枷となりうる。
2. では、立憲民主党の「不誠実」はなぜ罰されたのか
2.1 非対称性の問題
ここに深刻な非対称性があります。
- 自民党の公約違反は「現実的対応」
- 立憲民主党の方針転換は「裏切り」
なぜこの違いが生じるのか?
仮説1:期待の違い
- 自民党には、そもそも「原則」が期待されていない
- 立憲民主党は、「原則を守る政党」としてのアイデンティティを持っていた
- だから、原則の放棄は、存在理由の喪失と見なされる
仮説2:支持基盤の性質の違い
- 自民党支持者は、利益配分や現状維持を求める(実利的)
- 立憲支持者は、理念や価値観への共感で支持する(理念的)
- 理念的支持者は、理念の放棄に敏感に反応する
仮説3:信頼の非対称性
- 自民党には、長年の政権運営の実績がある(信頼というより慣性)
- 立憲民主党は、まだ信頼を構築している段階
- 信頼構築期の裏切りは、致命的なダメージとなる
2.2 「立憲民主党らしさ」の喪失
立憲民主党は2017年、民進党の分裂によって生まれました。その結党の理念は:
- 安保法制は違憲である(立憲主義の擁護)
- 原発ゼロ社会の実現
- 多様性を認め合う社会
つまり、自民党と明確に異なる価値観を掲げる政党としてのアイデンティティでした。
2026年の方針転換は、この存在理由そのものを放棄することでした。すると:
- 既存支持者:「なぜ立憲民主党を支持してきたのか」が分からなくなる
- 潜在的支持者:「自民党と何が違うのか」が分からなくなる
- 結果:どちらからも支持されない
第二部:「企業献金禁止」はなぜ差別化にならなかったのか
1. あなたの疑問の核心
「政策が自民党と同じなら、わざわざ中道に投票する理由がないという理屈が私にはわかりにくい。企業献金禁止の自民党なら、企業献金ありの自民党よりいいのではないか?」
これは極めて合理的な疑問です。論理的には:
- 自民党A(企業献金あり)
- 自民党B=中道改革連合(企業献金なし)
- 政策が同じなら、自民党B > 自民党A
なぜこの論理が、選挙では機能しなかったのか?
2. 企業献金禁止の「可視性」の低さ
2.1 抽象性の問題
企業献金禁止は、重要ではあるが、以下の点で有権者にとって「実感しにくい」:
A. 間接的な利益
- 企業献金が禁止されても、自分の生活が直接良くなるわけではない
- 「政治がクリーンになる」は抽象的で、実感が伴わない
B. 時間的ギャップ
- 企業献金禁止の効果は、長期的にしか現れない
- 政策の歪みが是正されるまでには、年月がかかる
C. 因果関係の不明瞭さ
- 「この政策は企業献金のせいで歪められた」という因果関係は、通常見えない
- 見えない敵との戦いは、動員力を持たない
2.2 対比:可視性の高い争点
逆に、選挙で効果的な争点とは:
- 直接的:消費税の増減、年金額、給付金など
- 即時的:「すぐに実感できる」変化
- 具体的:「誰が、いくら、得するか/損するか」が明確
企業献金禁止は、これらの条件をどれも満たしていません。
3. 「政治資金改革」という既視感
3.1 繰り返された「改革」
政治資金改革は、戦後日本政治で繰り返し唱えられてきました:
- 1975年:ロッキード事件後の政治資金規正法改正
- 1994年:リクルート事件後の政党助成法制定
- 2000年代:あっせん利得処罰法、政治資金規正法の度重なる改正
しかし、政治とカネの問題は解決していません。
3.2 「またか」という反応
有権者の視点では:
- 「政治資金改革」は聞き飽きたスローガン
- 過去の改革も、結局抜け道が作られ、実効性がなかった
- 「今回は本気」と言われても、信じられない
つまり、企業献金禁止という公約自体の信憑性が低いのです。
4. 「労働組合」という対抗イメージ
あなたが指摘した通り:
「立憲民主党のばあいは、企業献金の代わりに労働組合がついて来るから、大きく見れば、資本家か労働者かという話になる」
4.1 連合(日本労働組合総連合会)との関係
立憲民主党の主要な支持基盤は、連合です。連合は:
- 組織内候補を立憲民主党から出す
- 選挙運動を組織的に支援する
- 政策形成に影響力を行使する
4.2 「献金」の形態の違いだけか
批判者の視点では:
- 企業献金を禁止しても、労働組合からの支援は続く
- 形態が違うだけで、構造は同じではないか
- 「特定の利益集団に依存する」という点では、自民党と変わらない
4.3 「労働者の利益」は普遍的か
理論的には、労働組合は「資本家」という特殊利益ではなく、「労働者」という多数派の利益を代表するはずです。
しかし現実には:
- 連合の主力は、大企業の正社員
- 非正規労働者、中小企業労働者の利益は十分に代表されていない
- つまり、連合もまた「特殊利益団体」の一つと見なされうる
したがって、「企業献金禁止」は、有権者にとって:
- 「資本家から労働貴族への利益移転」
- あるいは「ある特殊利益から別の特殊利益への転換」
- という風に見えた可能性があります。
第三部:真の敗因は何だったのか
1. 方針転換は真の敗因だったのか
あなたは疑問を呈しています: 「立憲民主党の方針転換が真の敗因だったのかどうかは、疑問がある」
これは重要な問いです。因果関係の特定は、実は極めて困難です。
1.1 複数の要因の絡み合い
選挙結果は、単一の原因で決まるわけではありません。考えられる要因:
A. 構造的要因
- 自民党の組織力と資金力
- メディアの自民党寄り報道
- 野党分裂(維新、国民民主など)
- 小選挙区制の構造的な自民党優位
B. 短期的要因
- 選挙直前の事件や経済状況
- 候補者個人の資質や不祥事
- 選挙戦術の巧拙
C. 立憲民主党固有の要因
- 方針転換への反発
- 公明党との連合への違和感
- リーダーシップの弱さ
これらが複雑に絡み合って、結果が生じます。方針転換は、その一要因に過ぎないかもしれません。
1.2 反事実的推論の困難さ
「もし方針転換しなければ、勝てたか?」
これは原理的に検証不可能です。なぜなら、実際には転換したからです。
考えられるシナリオ:
シナリオ1:転換しなければ勝てた
- 既存支持層が離反しなかった
- 「ブレない政党」として評価された
- 自民党との明確な対立軸を示せた
シナリオ2:転換してもしなくても負けた
- 構造的に自民党優位は動かない
- 単独では政権を取れないという現実
- 公明党と組まなければ、さらに惨敗だった
どちらが真実かは、分かりません。
2. より根本的な問題:野党の構造的劣位
2.1 「政権担当能力」という呪文
自民党が繰り返し強調するのは、「政権担当能力」です。
これは曖昧な概念ですが、効果的です。なぜなら:
- 野党は、政権経験が乏しい(民主党政権は「失敗」と刻印された)
- 「未知のリスク」を有権者は嫌う
- 「悪くても慣れた政権」の方が「良いかもしれない新政権」より安全に見える
2.2 2009-2012年民主党政権の「トラウマ」
2009年、民主党は政権交代を実現しました。しかし:
- 普天間基地移設の失敗(鳩山政権)
- 東日本大震災と原発事故への対応(菅政権)
- 消費税増税への転換(野田政権)
これらは、「民主党には政権担当能力がない」という印象を植え付けました。
そして、この「トラウマ」は、立憲民主党(民主党の後継)にも付きまとっています。
2.3 官僚機構との関係
政権運営には、官僚機構の協力が不可欠です。しかし:
- 官僚は、基本的に保守的(既存の政策継続を好む)
- 自民党との長年の関係で、阿吽の呼吸がある
- 野党政権には、協力的でない(場合によっては抵抗する)
鳩山政権が普天間で挫折した一因は、外務省・防衛省の非協力でした。
つまり、野党が政権を取っても、実際に政策を実行することは極めて困難という構造的問題があります。
3. メディア環境の非対称性
3.1 「政権批判」と「野党批判」の違い
メディアは「政権批判」は行いますが、それが野党への支持に転換されるわけではありません。
むしろ:
- 政権批判→「政治全体への不信」→投票率低下→組織票を持つ自民党が有利
- 野党の提案→「非現実的」「財源不明」として批判される
- 結果として、現状維持(自民党政権継続)が最も「安全」に見える
3.2 「対米関係を損なう」という批判
野党が対米自立を主張すると、メディアは:
- 「日米同盟を軽視する危険な発想」
- 「現実を知らない理想主義」
- 「中国を利する売国的行為」
このように批判します。結果として、対米従属を問い直すこと自体が、政治的に不可能になります。
第四部:政治における「誠実性」の逆説
1. 誠実であることの政治的コスト
1.1 一貫性のジレンマ
政治家が一貫性を保つことは、時に不利に働きます。
- 状況が変化しても政策を変えない→「硬直的」「現実を見ない」
- 状況に応じて政策を変える→「ブレる」「信念がない」
どちらにしても批判されるなら、権力を持つ方が有利です。自民党は政権を持っているので、「現実的対応」として正当化できます。
1.2 「マニフェスト政治」の失敗
2000年代、日本でも「マニフェスト」(数値目標を含む具体的公約)が重視されました。
しかし、2009年民主党政権は、多くのマニフェストを実現できませんでした。結果:
- 「公約を守れない政党」というレッテル
- 「マニフェストなど信用できない」という有権者の学習
皮肉なことに、誠実であろうとして具体的公約を掲げた政党が、それを実現できずに罰されたのです。
1.3 曖昧さの戦略的価値
逆に、曖昧な公約は:
- 解釈の余地がある
- 「一定程度実現した」と主張できる
- 検証が困難
自民党は、この曖昧さを巧みに利用してきました。
2. では、誠実性は無意味なのか
2.1 短期と長期
短期的には、誠実性は政治的資産にならないかもしれません。しかし長期的には:
- 信頼の蓄積は、政治的資産となる
- 一貫した価値観は、コアな支持層を形成する
- 「あの党は、少なくとも〇〇については信頼できる」という評判
問題は、長期的資産を蓄積する前に、短期的に敗北してしまうことです。
2.2 「誠実性」の再定義
もしかすると、政治における「誠実性」とは、公約を守ることではなく:
- 透明性:なぜ政策を変えたのか、正直に説明する
- 説明責任:決定プロセスを公開し、批判に答える
- 価値の一貫性:個別政策は変わっても、根本的な価値観は維持する
2.3 立憲民主党が失ったもの
2026年の方針転換で、立憲民主党が失ったのは:
- 個別の政策(安保法制違憲論、原発ゼロ)だけでなく
- 立憲主義、平和主義という価値観への信頼性
つまり、「この党は、権力のためなら何でも捨てる」という印象を与えてしまった可能性があります。
第五部:パラドックスをどう考えるか
1. 政権を取るためのジレンマ
「政権を取らなければ、何も変えられない。しかし、政権を取るために原則を曲げれば、変えるべきものが変えられない」
1.1 このジレンマは本当か
懐疑的視点1:政権を取っても変えられない
仮に中道改革連合が政権を取ったとして:
- 対米従属構造は変わるか?→変わらない(すでに安保法制を容認している)
- 原発政策は変わるか?→変わらない(すでに容認している)
- 企業献金は禁止されるか?→可能性はあるが、抜け道が作られるかもしれない
つまり、政権を取るために曲げた原則は、政権を取った後も曲がったままである可能性が高い。
懐疑的視点2:野党でも変えられることはある
政権を取らなくても:
- 世論形成を通じて、政府を動かすことはできる
- 国会での追及を通じて、不正を暴くことはできる
- 長期的に、価値観を社会に浸透させることはできる
1.2 「政権交代可能性」という幻想
日本の政治言説では、「政権交代可能性があることが、民主主義の健全性の証」とされます。
しかし、もし:
- どの政党が政権を取っても、根本的政策は変わらない(対米従属、経済政策の基本など)
- 政権交代は、単に「利益配分の担い手が変わる」だけ
であるなら、政権交代可能性に、どれほどの意味があるでしょうか。
1.3 別の可能性:「原則を貫いて負け続ける」戦略
逆説的ですが、政権を取らないことを前提とする政治もありえます。
- 原則を一貫して主張し続ける
- たとえ少数派でも、その価値観を代表し続ける
- 長期的に、社会の価値観を変化させることを目指す
これは、短期的には無力に見えますが、長期的には影響力を持ちうる戦略です。
例:
- 社民党:少数政党だが、平和主義の「良心」としての役割
- 共産党:政権参加の可能性は低いが、一貫した批判勢力として存在
2. 「自民党は不誠実ではないか」という問い
2.1 「誠実性」の基準の違い
自民党を「不誠実」と見なすか否かは、何を基準とするかによります。
基準A:公約遵守
- この基準では、自民党は確かに不誠実
基準B:支持者への利益配分
- この基準では、自民党は「誠実」
- 農協、医師会、建設業界などへの利益誘導は、確実に行われている
基準C:政権維持
- 支持者が最も望むのは、「自民党が政権を維持し続けること」
- その意味で、自民党は支持者の期待に応えている
2.2 期待値の管理
自民党の巧妙さは、期待値を低く設定していることかもしれません。
- 壮大な理念は語らない
- 「現実的」「着実」を強調
- したがって、「裏切られた」という感覚が生じにくい
逆に、民主党系は:
- 「政権交代で日本が変わる」という高い期待を煽った
- 実現できなかったときの失望が大きい
2.3 権力と誠実性の関係
権力を持っている者は、誠実である必要が相対的に低い。なぜなら:
- 実際に利益を配分できる
- メディアをコントロールできる
- 「これが現実だ」と規定する力を持つ
逆に、権力を持たない者は、誠実性でしか差別化できない。しかし、その誠実性は政治的資産にならない。
これは、政治における根本的な非対称性です。
第六部:2026年選挙が示したもの
1. 有権者は何を求めているのか
1.1 「一貫性」の真の意味
選挙結果が示したのは、「有権者は一貫性を求める」ということでした。しかし、この「一貫性」とは何か?
仮説1:アイデンティティの一貫性
- 自民党は「保守」、立憲は「リベラル」という、分かりやすいイメージ
- そのイメージを裏切ると、「何者なのか分からない」政党になる
仮説2:予測可能性
- 政権を取った後、何をするかが予測できる政党
- 朝令暮改の政党は、政権を取ったら何をするか分からない
仮説3:コアな価値観
- 個別政策は変わってもいいが、根本的な価値観(平和、人権、公正など)は維持してほしい
おそらく、有権者が求めているのは、第三の意味での一貫性です。
1.2 差別化の本質
「政策が自民党と同じなら、中道に投票する理由がない」
この論理の背後にあるのは:
A. 実績の差
- 同じ政策なら、経験豊富な自民党の方が確実に実行できる
- 未経験の中道に託すリスクを取る理由がない
B. 本気度の疑い
- 「企業献金禁止」と言っているが、本当に実現するのか?
- 政権を取ったら、結局骨抜きにするのではないか?
C. 価値観の共鳴の欠如
- 自民党支持者は、保守的価値観に共鳴している
- 立憲支持者は、リベラルな価値観に共鳴している
- しかし、「政策は自民と同じ」の中道には、共鳴できる価値観がない
1.3 「企業献金禁止」が響かなかった理由
あなたの疑問「企業献金禁止の自民党なら、企業献金ありの自民党よりいいのではないか?」は、論理的には正しい。
しかし、有権者の判断は:
- そもそも「企業献金」が、自分の生活にどう影響しているのか実感がない
- 「政治とカネ」の問題は、何度も聞かされて食傷気味
- それよりも、景気、雇用、社会保障など、直接的な問題の方が重要
さらに、心理学的には:
- 「失うものの痛み」>「得るものの喜び」(損失回避バイアス)
- 立憲支持者は、「安保法制違憲論」「原発ゼロ」を失った痛み
- それに対して、「企業献金禁止」は、まだ得ていないものの約束
- 痛みの方が、約束よりも重く感じられる
2. 「惨敗」が教えること
2.1 原則の価値
逆説的ですが、「惨敗」によって明らかになったのは、原則を貫くことの政治的価値かもしれません。
- 原則を曲げた結果、既存支持者を失った
- 新たな支持者は得られなかった
- ならば、原則を貫いて、コアな支持層を維持する方が良かった
2.2 「少数派の代表」という役割
民主主義において、野党の役割は必ずしも「政権を取ること」だけではありません。
- 少数派の価値観を代表する
- 権力の暴走を監視する
- 長期的に、社会の価値観を変化させる
立憲民主党が、「政権を取るために原則を捨てる」のではなく、「原則を貫く少数派の代表」として存在する、という選択肢もあったかもしれません。
2.3 しかし、それで満足できるか
ただし、これは政治家にとっては苦しい選択です。
- 政治家は、政策を実現したい
- そのためには、権力が必要
- しかし、権力を得るために原則を捨てれば、実現したい政策も失われる
このジレンマに、簡単な答えはありません。
結論:構造、戦術、そして時間
1. 多層的な問題
2026年選挙の「惨敗」は、単一の原因で説明できません。そこには:
構造的レベル
- 対米従属構造
- 自民党の組織的・資金的優位
- メディア環境の非対称性
- 官僚機構の保守性
戦術的レベル
- 方針転換のタイミングと説明の仕方
- 公明党との連合の組み方
- 争点設定(企業献金禁止)の妥当性
心理的レベル
- 有権者の「裏切られた」という感情
- アイデンティティの喪失感
- 「どうせ同じ」という冷笑主義
これらが複雑に絡み合っています。
2. 「誠実性」の再考
あなたの指摘「政治って、誠実性を証明する場所ではない」は、ある意味で正しい。
政治は権力闘争であり、利益配分であり、現実的妥協の連続です。純粋な誠実性は、政治的資産にならないかもしれません。
しかし同時に、まったく誠実性のない政治は、持続不可能でもあります。
- 完全に信頼を失った政治家は、権力を維持できない
- すべてが打算と妥協なら、なぜその政党を支持するのかが分からなくなる
必要なのは、おそらく:
- 核心的価値観への誠実性(すべてを守る必要はないが、何かは守る)
- プロセスの透明性(なぜ変えたのかを正直に説明する)
- 長期的視野(短期的敗北を受け入れても、長期的信頼を構築する)
3. 時間軸の問題
政治における最大の困難の一つは、時間軸の不一致です。
- 選挙サイクル:4年(衆議院)
- 政策効果の発現:数年~数十年
- 構造変革:数十年~世代
企業献金禁止の効果は、おそらく10年、20年の単位で見なければ分かりません。しかし、選挙は4年ごとに来ます。
長期的に正しい政策が、短期的に敗北をもたらすなら、どうすればいいのか。
4. 「企業献金禁止」という選択について
あなたは「個人的にはそれでもいいのじゃないかと思った」と述べています。
これは、十分に合理的な判断だと思います。なぜなら:
- 企業献金禁止は、確かに重要な改革
- 他の政策は、政権を取った後に再検討できる可能性もある
- 完璧を求めて何も得られないより、一つでも実現する方がいい
しかし、結果は「惨敗」でした。
これが示すのは:
- 有権者の判断基準は、論理的合理性だけではない
- 感情、アイデンティティ、信頼が大きな役割を果たす
- 戦術的に正しく見えることが、実際には間違っていることもある
5. 残された問い
最終的に、以下の問いは答えられないまま残ります:
問い1:もし方針転換しなければ、勝てたか?
- 分かりません。別の理由で負けたかもしれません。
問い2:企業献金禁止という一点突破は、戦略として正しかったか?
- 理論的には合理的でしたが、政治的には失敗しました。
問い3:野党は、どうすれば政権を取れるのか?
- 明確な答えはありません。構造的制約が大きすぎるのかもしれません。
問い4:政治における誠実性とは何か?
- 公約遵守なのか、支持者への利益配分なのか、価値観の一貫性なのか。
6. 一つの教訓
ただ、2026年選挙から言えることがあるとすれば:
有権者は、思っているよりも敏感である
- 打算的な政策転換を見抜く
- アイデンティティの喪失を感じ取る
- 「本気度」を測る
そして、権力を持たない者が差別化できるのは、価値観と誠実性しかない
- 自民党は、実績と組織と資金がある
- 野党にあるのは、「違う価値観」と「信頼できる」というイメージだけ
- それを失えば、何も残らない
皮肉なことに、政治は誠実性を証明する場所ではないかもしれませんが、誠実性を失った瞬間に、政治的に死ぬということは、あるのかもしれません。
現在、2026年衆議院選挙運動期間である。
なぜこの時期に高市首相が衆議院を解散したのかについて議論がいろいろある。
一つは、今後、アメリカの要請により、軍事費をGDP3.5%あるいは5%と想定すれば、21兆円あるいは30兆円規模で予算を組む必要があり、そこで行き詰まるだろう、だから多数を確保したい、との見解がある。
あるいは、今後、韓国の旧統一教会に対しての裁判が進行し、それに伴い、自民党内部に大きな批判が出るとの見解もある。
また、麻生・鈴木幹事長ラインによる国民民主党との連携が実現するとすれば、ますます高市的な政策は困難になるから、それを避けるために単独過半数が欲しいとの見解。
なぜそんなにも対米従属して軍事費も言われるままに増額する必要があるのかとの議論はあるが、
日本国の政治の構造として、
敗戦前は、政治の三権は天皇の下に存在していた。敗戦後は、天皇の代わりにGHQが置かれ、その下に三権が置かれていると言われている。
勿論、明文化されてはいないし、憲法にも書かれていないのだが。
真の政策決定者はアメリカであると言われる。
高市政権に白紙委任すると、軍事費増大、さらなるアメリカ従属となるので、野党としては何とかしたい。
野党になった公明党と立憲民主党は一緒になって、中道改革連合を作った。
ところが、民主党の党是であった、安保法制は違憲であるから反対、原発は廃止、の2点をこの際、撤回し、安保法制は合憲、原発は容認、この2点を認めたうえで、連合しようということになった。
つまり、公明党の主張を丸呑みして、立憲は主張を変えることになり、そのことについて多くの批判もある。
いろいろな意見があってよいと思うし、主権者はそれぞれが判断すればいいだけで、必ず勝つためにはどうしろとか、主義主張のためには負けても仕方ないとか、そのあたりはそれぞれの判断だろうと思う。いずれも理由があることだし、決定的に悪いことだとも思えない。
しかし、当面、高市的自民党にストップをかけるために、「イエスキリストが描かれた踏み絵を踏む」選択もあってもよいと思う。
例えば、旧立憲で現中道の立候補者としては、「今回は緊急なことで、安保法制は合憲、原発は容認、これが党の方針となった。私は今回はこの方針を受け入れる。しかし、旧立憲としては、安保法制は違憲、原発は廃止、の方針を採用していたわけで、今後の環境変化に応じて、まだまだ落ち着いて議論する余地があるものと思われる。党内での開かれた闊達な議論が望ましい。」とでも言っておけば、問題ないだろうと思う。「緊急性」と「あいまいさ」「状況により変更もあり」を語っておく。選挙で勝てばあとは何とかなるだろう。
軍事費30兆円は消費税などに比較して遥かに大きな数字である。アメリカに言われれば何が何でもその通りにしてしまう自民党の態度は国民としては情けない。国権の最高機関は国民なのに、その上にアメリカがあって、本当に大事なことはそこで決まって、国会と内閣に降りてくるのかと思い、つまり、日本はいまたせに独立国ではなく植民地なのだと思わざるを得ない。
しかしここにはパラドックスがある。軍事費を30兆円にしたとして、国民生活はさらに窮屈になる。そうすると少子化はさらに進行する。現在でも自衛官のなり手がいなくて苦労しているのに、将来はなおさら人員不足になる。軍拡しようと思って予算をつけると、そのことが原因で少子化が進行し、結果として自衛官が確保できない事態になる。給料を増やすとますます予算が必要で国民生活を圧迫し少子化になる。外国人自衛官の募集はどうなるだろうか。
国旗損壊罪の制定を高市政権は目指しているが、少子化の現実は、国旗を損壊するどころではない、国家に対する大きな裏切りであると言えるのに、誰もどうすることもできない。教育でも、強制でも、金でも、どうすることもできない。
中道は公務員の組合と創価学会を中心とした組織票にとりあえず頼るとして、
政策は自民党と変わらず、ただ企業献金を禁止する、違いはそこだけ、
と簡略化すればいいのだと思う。
分かりやすい。
財政規律を確立して、市場から信任を得られないと苦しい。
・リベラルとバターナルの軸
・リスクの社会化とリスクの個人化の軸
で分類すると、
中道はリベラルかつリスクの社会化
自民、参政、維新などはバターナルかつリスクの個人化
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