以下は、Adrian Wellsのメタ認知療法(MCT)の理論と技法にできるだけ忠実に、反芻(rumination)が中心的な維持因子となっているうつ病患者の架空症例をもとに構成した面接例です。
なお、MCTは認知療法のように「その考えは正しいですか?」と内容を検討することはあまり行いません。むしろ、
- なぜ考え続けるのか
- 考え続けることは役立っているのか
- 考えにどう反応しているのか
に焦点を当てます。
第1回面接
アセスメント:CASの同定
患者:Aさん(42歳男性)
主訴
「半年くらい前から気分が落ち込んでいて、自分の人生についてずっと考えてしまう」
面接
治療者
「一番つらい時間はどんな時間ですか?」
患者
「夜ですね。」
治療者
「夜になると何が起きていますか?」
患者
「ずっと考えてます。」
治療者
「どんなことを?」
患者
「なぜ自分はこんな人生になったんだろう、とか。」
治療者
「その答えは出ますか?」
患者
「いや・・・出ないですね。」
治療者
「考え始めるとどれくらい続きますか?」
患者
「2〜3時間は平気で。」
治療者
「その間、問題解決は進みますか?」
患者
「むしろ苦しくなります。」
ここでMCTでは
反芻
そのものを問題として捉える。
治療者
「なぜ考え続けるのでしょう?」
患者
「考えないとダメだと思うんです。」
治療者
「何がダメですか?」
患者
「原因を見つけないと前に進めない。」
ここで
ポジティブなメタ認知
が見つかる。
治療者
「つまり、
『考え続ければ解決に近づく』
と信じているのですね。」
患者
「そうです。」
さらに探索する。
治療者
「考えるのを止められますか?」
患者
「無理です。」
治療者
「なぜ無理だと思いますか?」
患者
「考え始めると止まらない。」
ネガティブなメタ認知
も確認される。
治療者
「つまり
『反芻は制御できない』
とも考えているのですね。」
患者
「はい。」
第2回面接
S-REFモデルの心理教育
治療者は紙に図を書く。
出来事
↓
『失敗した人生かもしれない』
↓
反芻
↓
抑うつ
↓
さらに反芻
治療者
「私の考えでは、
あなたを苦しめているのは
“失敗した人生”
という考えではありません。」
患者
「そうなんですか?」
治療者
「問題は、その考えについて3時間考え続けることです。」
患者
「・・・。」
治療者
「例えば昨日、何時間考えましたか?」
患者
「4時間くらい。」
治療者
「4時間考えて新しい答えは出ましたか?」
患者
「出ていません。」
治療者
「すると苦しみを維持しているのは、
考えそのものより、
考え続ける習慣かもしれません。」
患者
「そう言われるとそうですね。」
治療者
「MCTではこれをCASと呼びます。」
患者
「反芻のことですか?」
治療者
「反芻、自己監視、考え込みの全体です。」
患者は初めて
「症状=反芻」
という視点を持つ。
第3回面接
Detached Mindfulness導入
患者
「また考えてしまいました。」
治療者
「今日は考えを止める練習はしません。」
患者
「しない?」
治療者
「浮かんでもいいのです。」
患者
「え?」
治療者
「今、
『自分は失敗者だ』
という考えを思い浮かべてください。」
患者
「はい。」
治療者
「それを分析してください。」
患者
「・・・」
治療者
「今度は分析しないで、
ただ
『失敗者だという考えが浮かんだ』
と観察してください。」
患者
「・・・」
治療者
「何が違いますか?」
患者
「巻き込まれない感じがあります。」
治療者
「それです。」
治療者
「思考は問題ではありません。
思考との付き合い方が問題なのです。」
第4回面接
ATT(注意訓練法)
患者
「考えに飲み込まれる感じは少し減りました。」
治療者
「今日は注意の訓練をします。」
診察室内
時計
換気扇
外の車の音
を利用する。
治療者
「時計だけ聞いてください。」
患者
「聞こえます。」
治療者
「次に換気扇。」
患者
「はい。」
治療者
「次に車。」
患者
「聞こえます。」
数分後。
治療者
「何を学びましたか?」
患者
「注意を動かせる。」
治療者
「そうです。」
患者
「今までは考えに支配されていると思っていました。」
治療者
「実際には注意を動かせる能力があります。」
第5回面接
メタ認知的信念への介入
治療者
「反芻にはどんなメリットがあると思いますか?」
患者
「原因が分かるかもしれない。」
治療者
「実際どうでしたか?」
患者
「ほぼ分かりませんでした。」
治療者
「実験をしましょう。」
患者
「実験?」
治療者
「今週、
反芻したい気持ちが出たら
15分だけ延期してください。」
患者
「それだけ?」
治療者
「はい。」
翌週
患者
「意外でした。」
治療者
「何が?」
患者
「考えなくても大丈夫でした。」
治療者
「つまり
『考え続けなければならない』
という信念はどうですか?」
患者
「絶対ではないですね。」
ポジティブメタ認知が揺らぎ始める。
第6回面接
ネガティブメタ認知への介入
患者
「まだ時々止まらなくなります。」
治療者
「本当に止まらないのでしょうか。」
患者
「・・・。」
治療者
「昨日は?」
患者
「電話が来た時は止まりました。」
治療者
「その瞬間は制御できたのですね。」
患者
「あ。」
治療者
「MCTは
“完全に止める”
ことを目指しません。」
患者
「そうなんですか。」
治療者
「必要なら離れられることを学びます。」
患者
「考えが危険なのではなく、
考えに捕まることが問題なんですね。」
治療者
「その通りです。」
第8回面接
再発予防
治療者
「以前との違いは?」
患者
「考える時間が減りました。」
治療者
「気分は?」
患者
「かなり良いです。」
治療者
「今後また
『なぜこうなった』
という考えが来たら?」
患者
「来るでしょうね。」
治療者
「その時どうしますか?」
患者
「分析しません。」
治療者
「代わりに?」
患者
「考えが来たな、と気づいて放っておきます。」
治療者
「反芻したくなったら?」
患者
「今はやらない、と決めます。」
治療者
「その結果どうなるでしょう。」
患者
「考えは自然に消えていくと思います。」
この一連の面接の本質
精神分析的治療なら、
「なぜ反芻するのか」
を深く探究するかもしれません。
認知療法なら、
「失敗した人生だ」という思考内容を検討するかもしれません。
しかしMCTでは終始、
「反芻の内容」ではなく「反芻という心的プロセス」 に焦点を当てます。
治療の中心的メッセージは、
「その考えが正しいか間違っているかは今は問題ではない。問題は、その考えに何時間も付き合い続けることである」
という点にあります。
そのため患者は、「人生について正しく考える方法」を学ぶのではなく、「考えと距離を取り、注意を柔軟に運用する方法」を学ぶことになります。これがメタ認知療法の最も特徴的な治療機序です。
