認知症疾患ガイドラインが9年ぶり改訂

認知症疾患ガイドラインが9年ぶり改訂

9年ぶり改訂!その間にあった変化

『認知症疾患診療ガイドライン』が2017年版以来、9年ぶりの改訂となります(2026年5月頃発刊予定)。この間、特にアルツハイマー型認知症(AD)に関しては抗アミロイドβ(Aβ)抗体薬が登場し、軽度認知障害(MCI)が治療の対象になりましたし、社会的にはいわゆる認知症基本法が成立して認知症との共生という概念が浸透し始めました。9年前とは認知症を取り巻く風景が大きく変化した印象です。

和田 数えると、9年ぶりの改訂となりますね。一般的には5年ごとといわれる診療ガイドラインの世界においては、ずいぶん間が空いた感じがするかもしれません。

 この領域で最初のガイドラインは2002年、認知症がまだ「痴呆」と呼ばれていた頃に作成され、『痴呆疾患治療ガイドライン2002』として公開されました。診断は米国精神医学会のマニュアルに準じ、薬物治療についてはコリンエステラーゼ阻害薬であるドネペジルを推奨するという内容でした。

 その後2008年に、日本神経学会、日本精神神経学会、日本認知症学会、日本老年精神医学会、日本老年医学会、日本神経治療学会の関連6学会合同によるガイドライン作成委員会が組織されました。今に続く関連6学会の枠組みです。このときからClinical Question(CQ)形式を採用し、検討と作成作業に2年半をかけて全350ページ超の『認知症疾患治療ガイドライン2010』を上梓しました。私が本ガイドラインの作成に関わり始めたのはこの版からです。

 翌2011年には、新たなコリンエステラーゼ阻害薬であるガランタミン、リバスチグミン、NMDA受容体アンタゴニストであるメマンチンが続々と国内承認されたので、作成委員会で続けて『認知症疾患治療ガイドライン2010(コンパクト版2012)』を作成しました。新薬については2010年版にすでに海外でのエビデンスを掲載し、推奨度も示していましたが、改めて追補としてエビデンスを整理し、病期別の治療薬剤の選択アルゴリズムを提示した形でした(下図参照)。

 2015年には次の版の準備を開始し、『認知症疾患診療ガイドライン2017』として公開しました。このときにタイトルの「治療」を「診療」に改め、英語版も公開しています。

新薬登場――議論に経験が必要だった訳  

その次の改訂作業は2022年に始まり、私が作成委員長を拝命しました。この時点では認知症診療にまだ大きな変革はありませんでしたが、まったく新しい認知症治療薬となる抗Aβ抗体薬であるレカネマブの登場が近いのではないかという見方が強まっていました(編集部注:レカネマブの国内承認は2023年、同じ抗Aβ抗体であるドナネマブの承認が2024年)。これらは、それまで治療対象ではなかったMCIの進行抑制に用いる薬であり、ADの診療は新しい時代に突入することになります。

 この変革の流れの中でガイドラインの作成をあまり早く進めてしまうとやり直しになってしまいます。そこで「進められる部分は進めつつ、新しい部分に関してはちょっと落ち着くまで待って、大きな枠組みが決まってから作る」という方針になりました。

 特に、抗Aβ抗体薬には注意が必要な副作用としてアミロイド関連画像異常(ARIA)があり、専門家たちの意見としてまとめるにしても、ある程度の経験と観察を裏付けとした議論が必要でした。これが1年前だったなら、まだ変化の渦中で今後を見通した議論ができたか分からなかった部分もありました。いまは経験が積み上がり、ある程度一致した意見で推奨を示すことができたかなと思います。

 ガイドラインの改訂だけを見れば前版から9年となりますが、この間に各薬剤の適正使用ガイドラインや認知症に関するバイオマーカーの適正使用指針、APOE遺伝学的検査やアミロイドPETイメージング剤の適正使用ガイドライン、BPSDに対応する向精神薬使用ガイドラインなどが都度公開されています。『認知症疾患診療ガイドライン』はそれらを大きく取りまとめる役割がありますので、結果として今春の改訂は良いタイミングになったと考えています。

構成を大胆刷新、BQは100超でCQは7に

新薬登場ということで、つい直近の変化に目が行ってしまいますが、本ガイドラインはもともと、認知症の症状を呈する10以上の原因疾患ごとに具体的な特徴や診断・治療法までを幅広く網羅する大規模ガイドラインです。委員長として、全方位の関連疾患をまとめながら、認知症疾患の将来の方向性も見据えるというのは、大変だったのでは。

和田 今回は、ADにおいて治療のフェーズが認知症からMCIへ移ってきたという大きな変化がありましたが、認知症診療あるいはケア全体で見れば、抗Aβ抗体を専門としてやっている医師はごく一部であり、そこにばかり焦点を当てると全体のバランスを欠いてしまいます。ですので、抗Aβ抗体の診療には十分焦点を当てつつ、そうでない部分――認知症の人のケアや診断後支援などについての記述も拡充しました。その結果、wing(範囲)を広げることになったのですが、そうするとvague(漠然)なものになってしまう、という懸念もあり、その整理は大変だった印象があります。

 特に、認知症という領域は、エビデンスベースだけの議論では不十分になる領域であり、また、エビデンスベースドの知見が個別症例に当てはまるともいえない部分がある領域です。エビデンスは重視すべきものではありますが、専門家の意見も重視したい。そういった意味で、他の診療ガイドラインのような構成にはなりづらいところがあります。

 それでも2017年版まではすべての疑問をCQとして検討し、答えを示していたのですが、今回の2026年版は構成を変更し、「総説」「BQ(Background Question)」「CQ」「FQ(Future research Question)」の4層に整理しました。背景などの教科書的なところは総説として執筆、2017年版までにCQとして記述してきたことのほとんどはBQとし、CQは極力少なくして、まだ十分なエビデンスはないけれど今後解決が期待される課題はFQ、としました。

 その結果、「エビデンスは十分ないけれど、これまでのガイドラインで十分議論し、実際の診療でもこのようにやってきた」といった内容もほぼBQになり、最終的に、131のQuestionのうち107個がBQで、総説が5個、CQが7個、FQが12個という構成になりました。(少なく見える)CQはその分、最近のエビデンスを丁寧にまとめ、しっかりと議論しています。

認知症の疫学――MCIは増えているが認知症は減少の傾向 最近の認知症の疫学的な変化について教えてください。

 九州大学大学院衛生・公衆衛生学分野教授の二宮利治氏らの調査では、2022年のわが国の認知症有病率は12.3%、軽度認知障害(MCI)は15.5%でした。厚生労働省が2012年に行った調査では認知症15.0%、MCI 13.0%ですから、MCIは増えているけれど、いわゆる認知症の症状を出す方――MCI以上の症状を出す方の割合は少し減ったと言えます(2024年内閣官房「認知症施策推進関係者会議[第2回]」提出資料より)。これが大きなトレンドです。

 2012年に比べて2022年の認知症有病率が低下した理由について、二宮氏は、MCIから認知症へと進展した人の割合が低下した可能性を指摘しています。要因としては、喫煙率の全体的な低下や生活習慣病管理の改善、健康に関する情報や教育の普及など、健康意識を増進させる取り組みの成果が考えられています。

 一方、予後については、1990年代から2000年代にかけては有意な改善が見られたものの、2012年以降からの10年追跡コホートでは5年生存率が58.9%と、横ばいで推移していることが久山町データから報告されています(Neurology. 2017;88:1925-1932.)。

「アルツハイマー連続体」という新概念を明記 MCIへの治療介入が始まったことは大きな変化ですが、AD診療における概念の面に変化はありますか。

 基本的には、抗アミロイドβ(Aβ)抗体薬が出たからといって、アルツハイマー病(AD)の定義や診断、ケアの流れが大きく変わったわけではないので、ガイドラインも基本的には2010年版、2017年版を踏襲しています。ただしADの考え方については、いわゆる「症状が出てからが認知症の発症」と捉える従来型の考え方に加え、「アルツハイマー病連続体(Alzheimer’s Continuum)」という概念が出てきていることを新たに紹介しています。無症状の時期(プレクリニカル期)から、症状が出る前~軽度のMCI期、そして本格的な症状が出る認知症期という段階が連続的に進んでいくという概念です。

 ADは、Aβが脳内に出始めてから本格的な認知症状が出始めるまでの期間が最長20年ほどと長く、いわゆるプレクリニカル期は脳内に病的な変化が起こっていても無症状です。MCIは本格的な認知症となる5年くらい前の時期で、現在そこが治療のターゲットになったわけですが、プレクリニカル期であっても簡単な血液検査や非侵襲的な検査で多くのことが分かるようになってきており、ここが将来の治療展望に入ってきています。

 この無症状期を病気と捉えるのか、捉えないのかについては、まだ国によって考え方が異なっています。例えば欧州では症状が出てからが病期という考え方ですが、米国ではバイオマーカーによる診断が主流になりつつあります。症状がなくても脳内に病理的変化があれば発症と捉えるという考え方です。

 今回の日本のガイドラインでは、そうした大きな流れや海外の動向について整理し、6章(アルツハイマー型認知症)の総説で文章化しました。アルツハイマー病連続体という新しい概念が登場していること、典型的な症状と非典型な症状、遺伝性もあることなどを説明した中で、診療の流れを書き進めた形です。専門家は当然知っていることではありますが、そうでない方にも全容を把握していただけるよう努めました。表現は難しかったのですが、ここが今回のガイドラインで一番大きな変化だと思います。

 なお、新しく治療の対象に入ってきたMCIについては、バイオマーカーによって発症前段階で疾患の存在を捉えられるようになっていますので、いくつかのFQ(Future research Question)として取り上げています。

認知症「予防」ワードは使わず!  もう一つ、マイナーチェンジですが、今回のガイドラインでは認知症「予防」という言葉を外し、「リスク低減(risk reduction)」という表現を使うよう意識しました。

 認知症はある程度、加齢とともに増えてしまうものです。認知症のrisk reductionは他の疾患のrisk reductionにもつながりますからより長寿になり、行き着く先にはいずれ認知機能の低下が出てきます。認知症領域でいう「予防」とは病気にならないことではなく、本格的な認知症の症状が出るのを遅らせる、重症化を遅らせるという意味なのですね。そうすると、感染症領域などで用いる「予防」とは、言葉の意味が異なってしまいます。

 そこで「避けられないリスクではあるが、減らしていくことは重要である」という意味で、「リスク低減」という表現を用いました。

認知症という病態と問題意識を端的に描く、興味深い変更ですね。問題意識といえば、種々の診療ガイドラインのFQには、その領域の今後の課題が詰まっていることが多くあります。今回取り上げたFQの中で、委員長として特に気になっているものはありますか。

 プレクリニカル期という概念ですね。認知症の症状が全くなくても、バイオマーカーを使って「Aβが溜まり始めているプレクリニカル期である」と診断することは、やろうと思えば既にできます。しかし、その結果を社会の中、あるいは医療システムの中でどのように位置づけていくのかは定まっていません。

 例えば、「認知症になる可能性を知りたい」と思った人が民間サービスで検査して「認知症になりますよ」という結果が出たとき、どうするのか。保険の加入などにも影響してくるかもしれません。そのような意図でバイオマーカーや脳ドックを使ってはならないと規定されていますが、そうした考え方が広がり、医療側の可能性も広がれば、またパラダイムシフトが起こるのではないかと思います。

認知症診療には「答えがないので」 認知症診療への関心の高まりで、学会への参加者も大幅に増えているといいます。

 抗Aβ抗体薬が登場して、認知症診療はいま非常に忙しくなっています。特に専門医はMCIを治療するようになったので、すごく多忙です。日本認知症学会にも、ここ数年は毎年200名ほども入会者が増えており、専門医を目指す方も増えている印象があります。ただ、現状としては、認知症に特化した診療科というのはまだ十分ではなく、もの忘れ外来や認知症疾患センターといった専門窓口も多くは神経内科や精神科、老年科の中の一部として運営されていると思います。今後発展すべき分野だとは個人的には思っていますが、認知症は経験が必要な領域なので、さまざまな医療を経験した上で最終的に選ぶ方が多く、専門家の育成という意味では結構時間がかかる分野です。

 抗Aβ薬を用いたMCIの治療は専門性の高い治療ですが、担い手となる専門医の数は足りていません。他の診療やケアについてはやはり非専門医の先生方の力を借りる必要があり、病診連携、そして介護との連携がますます重要になってきます。

 その意味で、このガイドラインを教科書的に使っていただけるかもしれませんが、ガイドラインは診療を縛るものではありません。ある程度の“海図”と捉えていただければと思います。「どう進めば良いかまでガイドラインで示してほしい」という人には物足りないかもしれませんが、どうしても、認知症診療には答えがないのでね。

 ガイドラインは、2026年5月上旬頃の発刊を目指し、目下校正中です。なるべくボリュームを抑えるよう文章も簡潔にしたつもりですが、500ページくらいにはなりそうです。作成委員会には本当に多くの先生方が参画してくださいました。時間を割き、夜遅くまで読み合わせをしてきた成果がようやく形になるので、私も楽しみにしています。完成してからは、いろいろなご意見を受けながら、また新たなものに変えていく形になると思います。皆さんのご協力を賜れれば幸いです。

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