アルゴリズムと新聞

アルゴリズムは、見たい物だけを見る、見たくないものは出てこないようにする、だから弊害が大きいと議論される。

たとえば、新聞という媒体は、好き嫌いにかかわらず、情報が並んでいる。嫌でも、自分にとって心理的に抵抗感のある情報も目に入る。その点で大切な学習が進行していると見える。

アルゴリズムは、誤差、差異を消してしまう装置である。
新聞は、誤差を保存しているから、読者には修正の機会が生まれる。その点が本質でに重要である。

しかしまた、その点が、現代人には嫌悪された。

新聞各紙は党派色を強め、ある特定の層に心地よい情報で埋めようとする。そうでなければ読者は離反する。経営として成立しない。そうなると、新聞の持つ、誤差修正機能が失われる。

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見たくない情報は消してしまうという、アルゴリズムと同じ構造を個人の精神内面で形成することがある。
そうなった場合には、強固な、修正不能な状態になる。見たい物だけが見える。見たくないものは消してしまい、なかったものとして扱う、心理の内面で、無意識のうちに操作が進行する。

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