メタ認知療法(MCT) 具体例-4

反芻(ぐるぐると同じ否定的な考えを巡らせること)を主症状とするうつ病患者(仮名:Aさん)に対して、メタ認知療法(MCT)を全4回のセッションに整理し、治療者(T)と患者(A)の具体的な対話形式でシミュレーションを紹介します。


第1回面接:アセスメントと心理教育(現状の整理とS-REFモデルの共有)

目的: クライアントのトリガー思考、反芻(CAS)のパターン、およびメタ認知的信念を浮き彫りにし、うつ病が長引いているメカニズムを共有します。

  • T(治療者): 「Aさん、最近特に頭を離れず、苦しんでいる考えはどのようなものでしょうか?」
  • A(患者): 「先週、職場でちょっとした書類のミスをしてしまって……。それ以来、頭の中で『なぜあんな単純なミスをしたのか』『私はもう仕事ができない人間なのではないか』という考えが24時間ずっとぐるぐる回っているんです。夜も眠れません」
  • T: 「それは本当にお辛いですね。その『私は仕事ができない人間ではないか』という考えが頭にポンと浮かんだ瞬間、Aさんはそのあと、頭の中で何をされていますか?」
  • A: 「その理由をずっと分析しています。過去の失敗を思い出し、上司がどう思っているかを想像し、どうすればミスを挽回できるかを、何時間も、時には布団の中でも考え続けています」
  • T: 「なるほど、何時間も分析を続けているのですね。では、そのように『何時間も考え続けること(反芻)』には、何か良い目的やメリットがある、と心のどこかで信じていませんか?」【ポジティブなメタ認知的信念の探索】
  • A: 「ええ……。もし考えなくなったら、また同じミスを繰り返してしまう気がします。徹底的に考え抜かないと、対策が立てられないし、危険を回避できないと思うんです」
  • T: 「『考え抜かなければ対策が立たず、危険だ』と信じているのですね。では、実際にそうやって何時間も考え続けた結果、スッキリした解決策は見つかりましたか?」
  • A: 「いいえ。考えれば考えるほど気分が沈んで、泥沼にはまる感覚です。本当は止めたいのに、どうしても止まらないんです。私の脳が壊れてしまって、一生この地獄から抜け出せないのではないかと怖くなります」【ネガティブなメタ認知的信念(制御不能性・危険性)の探索】
  • T: 「よく話してくださいました。いまAさんが教えてくれた心の仕組みを、図にして一緒に見てみましょう(紙に書く)。
    まず、ふとした瞬間に『ミスをした、自分はダメだ』という考えが浮かびます。これは脳が自動的に発する『トリガー(引き金)』です。問題は、その後にAさんが『考え抜かなければ危険だ』というルール(ポジティブなメタ認知的信念)に従って、何時間も分析(反芻:CAS)を開始してしまうことです。そして、途中で止められなくなると『自分は壊れてしまう(ネガティブなメタ認知的信念)』と恐れています。
    メタ認知療法では、辛さの原因は最初の『トリガー思考』そのものではなく、その後の何時間にも及ぶ『反芻(CAS)』にあると考えます。もし、この反芻を途中でそっとしておけるようになったら、どうなると思いますか?」
  • A: 「もしそれができたらラクになると思いますが……でも、浮かんだ考えを無視するなんて、私にはできない気がします」
  • T: 「そう思うのは自然です。次回から、その考えを『そっとしておく』ためのトレーニングを一緒にやっていきましょう」

第2回面接:技法の導入(ディタッチト・マインドフルネス:DMの訓練)

目的: 思考をコントロールしようとせず、ただ「そこにあるノイズ」として放置する「ディタッチト・マインドフルネス(DM)」を体験・習得します。

  • T: 「前回、トリガーとなる考えが浮かんだ後に、それを追いかけて分析(反芻)してしまうお話をしました。今日は、浮かんだ考えを追いかけず、そのまま放置する『ディタッチト・マインドフルネス(DM)』というアプローチを練習します」
  • A: 「無視しようとすると、余計にその考えが強くなって追いかけてくる気がするのですが……」
  • T: 「おっしゃる通りです。『考えるな』と自分に言い聞かせる(思考抑制)と、脳は逆にその考えに注目してしまいます。DMは、無視したり追い払ったりするのではなく、『そこにあるけれど、何もしない』という態度です。
    少しイメージをしてみましょう。Aさんの頭の中に浮かぶ『私はダメな人間だ』という考えは、空に浮かぶ『ちぎれ雲』のようなものです。雲は風に吹かれて自然に形を変え、いつの間にか去っていきます。Aさんは地上に立って、ただその雲を眺めるだけでいいのです。雲をロープで引き寄せる必要もなければ、うちわで吹き飛ばす必要もありません。ただ、そこに漂わせておきます。
    今、試しに目を閉じて、その『私はダメだ』という考えを頭に浮かべてみてください」
  • A: (目を閉じる)「……はい、浮かびました。胸がざわざわします」
  • T: 「そのざわざわも含めて、ただ漂わせておきましょう。その考えを分析しようとせず、消そうともせず、ただ頭の中のスクリーンに映る『文字』のように、あるいは背景の『ノイズ』のように、そのままにしておいてください。ただ観察します」
  • A: (しばらく静かにしている)
  • T: 「ゆっくり目を開けてください。いかがでしたか?」
  • A: 「最初はつい理由を考えそうになりましたが、ただ『漂う雲』だと思うようにしたら、少しだけその考えと自分の間に距離ができたような気がしました」
  • T: 「素晴らしい体験です。思考は脳が勝手に作り出すノイズであり、Aさん自身ではありません。浮かんでくるのは自動的ですが、『それに乗っかって分析(反芻)を始めるかどうか』は、Aさんが選ぶことができます。この感覚を今週、日常でも少しずつ試してみましょう」

第3回面接:メタ認知的信念への介入(「心配の先延ばし」実験)

目的: 「反芻はコントロールできない」というネガティブなメタ認知的信念を覆すため、具体的な行動実験(先延ばし)を行います。

  • T: 「Aさんは『一度反芻が始まると、自分の意志では絶対に止められない』と信じていらっしゃいましたね。今日は、本当にコントロールが不可能なのかどうかを確かめる『実験』を提案させてください」
  • A: 「実験ですか? どうやるんでしょうか」
  • T:『反芻の先延ばし実験』です。今週、仕事中や日中に『自分はダメだ』などのトリガー思考が浮かんだら、このように心の中でつぶやいてみてください。
    『よし、このことについては、今日の夜19時から15分間、徹底的に反芻しよう。だから、今は考えるのを19時まで保留する』と。そして、19時までは先ほど練習したDMを使って、目の前の作業に注意を戻します。どうなると思いますか?」
  • A: 「うーん、途中で気になって、19時まで我慢できずに考えてしまう気がします……」
  • T: 「そう予想するのも無理はありません。ですから、これは『我慢する実験』ではなく、『どうなるかを確かめる実験』です。もし途中で考えてしまっても構いません。ただ、まずは『19時まで保留する』と決めて、思考をそっと脇に置いておく挑戦を1日2〜3回試してみてください。来週、どのような結果になったかデータを持ち寄りましょう」
  • (1週間後の面接)
  • T: 「先延ばし実験はいかがでしたか?」
  • A: 「驚きました。最初は『今すぐ考えなきゃ』と頭が騒ぐ感じがしたのですが、『19時になったら考えていい』と自分に許可を与えると、不思議と『じゃあ、今は仕事をしよう』と切り替えることができた瞬間が何度かありました」
  • T: 「それは素晴らしい気づきですね! ちなみに、約束の19時になったときはどうされましたか?」
  • A: 「実は、19時になったときに、何をあんなに必死に考えようとしていたのか、内容を忘れてしまっていたり、もうどうでもよくなっていたりしたんです」
  • T: 「なるほど。この実験結果から、Aさんが信じていた『一度考え始めると、自分の力では絶対に止められない(制御不能)』というルールについて、どのようなことが言えそうですか?」
  • A: 「……絶対に止められない、というのは私の思い込みだったのかもしれません。考えるタイミングや、考えるか考えないかは、自分でコントロールできる部分があるんだと分かりました」

第4回面接:再発予防(思考との新しい関係性の維持)

目的: トリガー思考に対する新しい関わり方(CASを立ち上げないこと)を整理し、今後うつ病の兆候が生じたときの予防策を計画します。

  • T: 「Aさん、全数回のセッションを通じて、頭の中のグルグル(反芻)がかなり減り、睡眠も取れるようになってきましたね。最後に、今後またストレスがかかったときの『再発予防プラン』を一緒に作りましょう。
    今後、もし仕事で大きなミスをしたり、嫌なことがあって『自分はダメな人間だ』という考えが強く浮かんだら、どう対処しますか?」
  • A: 「まず、その考えが浮かぶこと自体は、脳が勝手にやっていることなので防げないと受け入れます。大切なのは、その考えを『お客さん』として心の中に招き入れて、何時間もお茶を出して(分析して)もてなさないことです」
  • T: 「素晴らしい例えですね! おもてなし(CAS)をしないために、何を使いますか?」
  • A: 「ディタッチト・マインドフルネスを使って、ただ『考えが浮かんでいるな』と雲のように眺めます。もしどうしても気になるときは、時間を決めて『先延ばし』にします。頭の中でグルグル考えることは、問題を解決するどころか、気分を悪くするだけだと分かったので」
  • T: 「完璧なプランです。うつ病の再発を防ぐために最も重要なのは、『嫌な考えを一切浮かばなくすること』ではなく、『浮かんだ嫌な考えに対して、反芻(CAS)というおもてなしをしないこと』です。Aさんは、自分の注意をどこに向けるかという『リモコン』を、もう自分の手に取り戻しています。自信を持って、これからの生活を送ってくださいね」
  • A: 「ありがとうございます。自分の考えに振り回されずに生きていける自信が、少しずつ湧いてきました」
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