先天盲と統合失調症

採録

「先天盲に統合失調症はいない」は本当か?

千葉悠平(積愛会横浜舞岡病院 認知症疾患医療センター)

先日、私の目を引いた非常に興味深い記事がありました。

「People who are blind from birth never develop schizophrenia – what this tells us about the psychiatric condition(先天盲の人は統合失調症を発症しない — このことは精神疾患について何を教えてくれるのか)」

(The Conversation, May 1, 2026)

People who are blind from birth never develop schizophrenia – what this tells us about the psychiatric condition
Understanding why people born blind never develop schizophrenia could transform how we think about and treat one of medi…

 「先天盲の人は統合失調症を発症しない」という長年の謎について、私自身も深く関心を抱き、今回レポートとしてまとめることにしました。まずはこの記事の要点をご紹介した上で、現在の知見も踏まえた私なりの見解をお伝えしたいと思います。

記事の概要  元の記事をまとめると以下の通りになります。

1950年にChevigny H, Braverman S. が、先天性の盲目者には、統合失調症が見られないことを発表しました(H Chevigny, S Braverman. 1950)。その後も、先天性盲目の人が統合失調症を発症したという事例の報告はみられていません。 2018年の西オーストラリア州における約50万人の出生コホート調査では、1,870人が統合失調症を発症した一方で、先天性皮質盲の小児66人からは発症者が一人も確認されませんでした(Morgan et al. 2018)。ただし、この盲目の小児のサンプルサイズ自体が小さいことには留意が必要です。 観察データからは、眼球自体の損傷による失明や、小児期以降に後天的に視力を失った場合には、統合失調症を発症しうることが分かっています。このことは、失明という状態そのものではなく、先天性の皮質盲そのものに何らかの要因があることを示唆しています。 近年、一部の科学者の間では、統合失調症は「予測の障害」であるという理解が広まりつつあります。脳は常に周囲の環境を予測し、感覚信号と照合していますが、統合失調症ではこのプロセスに異常が生じ、弱い信号やランダムな信号に過剰な重み付けをしてしまうと考えられています。 視覚野は、特に幼少期の脳の予測システム形成において強力な役割を果たします。先天性皮質盲では出生時から視覚入力がないため、視覚野が言語や記憶、推論などの別のタスクに再利用(再編成)されることが脳画像研究によって示されています。一部の研究者は、視覚以外の感覚は「曖昧で予測不可能な信号」であり、ノイズが多くなるため、予測システムを強化する必要があり、これにより、脳がより安定した世界解釈の基盤を形成し、結果として統合失調症の特徴である「予測のエラー」のリスクを低減しているのではないかと推測しています。 これらの知見は、失明が統合失調症の現実的な予防策になることを意味するものではありませんが、潜在的に新しい治療アプローチの可能性を開くものです。現在主流であるドパミン系を標的とした薬物治療がすべての人に有効というわけではないため、今後は脳の「知覚」や「学習」、不確実な情報の処理プロセスに焦点を当てた研究が期待されます。現在、学習や神経細胞間の伝達に関与し、視覚野で活発に働く「グルタミン酸」系(重要な情報をフィルタリングする回路)に作用する薬剤の研究も進んでいます。研究はまだ初期段階ですが、脳の初期発達のメカニズムをより深く理解することが将来的なリスク低減に繋がる可能性があります。  

 先天盲と統合失調症については、長年の議論があり、複数の論文が報告されています。

統計上の検出力の問題か  この記事でも紹介されている2018年の西オーストラリア州における約50万人の出生コホート調査(Morganらの論文)は、全例調査であり、それなりの説得力があります。特に「先天性の皮質盲」、すなわち「眼球自体の損傷ではなく、脳の視覚を司る領域に何らかの要因があるケース」に注目した報告は貴重だといえます。

 しかし、このMorganらの論文への反論として、統計的な検出力不足を指摘している報告があります。その報告(Jefsen et al. 2020)によると、デンマークの国家登録データを用いて、1977-2016年に生まれた約250万人(約4,750万患者年)を調べた結果、6歳未満で診断された失明者は460人でした。もし早期失明に統合失調症の保護効果が「全くない」と仮定した場合でも、この460人の中から統計的に予測される発症数は、統合失調症で1-2例、精神病性障害で3-4例に過ぎません。実際のデータでは、統合失調症ないし精神病性障害の発症数は「5例未満」でした(デンマークの法律上、個人特定を防ぐため5未満の数字は非公開)。つまり、「ベースとなる予想発症数が少なすぎるため、ゼロ(または極少数)であったとしても、それが保護効果によるものなのか、単なる偶然なのかを統計的に判断できない(検出力が不十分である)」と報告しています。必要なサンプルサイズを計算すると、約300万人のコホートデータが必要だとしています。

 さらに、西オーストラリアの論文が指摘した「先天性の皮質盲」に限定した場合、通常の失明よりもはるかに稀な疾患であるため、これよりもさらに大きな天文学的な規模のデータが必要になるとしています。つまり、統計学的な解明は、現実的にはほぼ不可能であるということです。現時点のデータでは統計的に証明不可能なのだから、「実際に保護効果があるという証拠は今のところない」と明確に述べるべきであるというのが、彼らの主張です。

統合失調症は予測の障害か  この記事で言及されている「予測の障害」については、Pollakが解説しています(Pollak & Corlett. 2020)。

Blindness, Psychosis, and the Visual Construction of the World – PubMed
The relationship between visual loss and psychosis is complex: congenital visual loss appears to be protective against t…

 人間は通常、視覚という高い情報量を持つ感覚をベースに世界を構築しています。しかし先天的に視覚がない場合、脳は聴覚や触覚などの「よりノイズの多い断片的な情報」に頼らざるを得ません。そのため、外部からの不確実な情報に振り回されないよう、「上位レベルの予測(事前確率)」の精度と安定性を高めるよう適応し、その結果として外部のノイズに惑わされない堅牢な世界モデルが構築されると論じています。

 統合失調症は、感覚のノイズを過大評価してしまう「予測誤差の異常」によって幻覚や妄想が生じると考えられています。しかし、先天性皮質盲の人は、誤った推論(予測エラー)が起きにくく、結果として統合失調症の症状から守られているとPollakらは主張しています。

 ここで、「事前確率」、「予測誤差」という言葉がでてきましたが、これは、カール・フリストンが提唱した自由エネルギー原理の考え方を背景としています。フリストンは、脳の包括的なシステム原理について提唱していて、「すべての生物システムは、自由エネルギー(予測誤差)を最小化しようとする」という考えを提唱しています。つまり、「脳は常に予測と現実のズレ(予測誤差)を最小化しようとする」と考えます。従来、神経系は外界の反応を感覚刺激として受けたうえで、処理して、反応する、というシステムとして理解されていました。しかし、フリストンの説では、脳が先に「(トップダウンで)予測し→(ボトムアップとして)受けた感覚の誤差(予測との誤差)を処理して→予測の更新を行う」というシステムを想定しています。

 Pollakらは、この説を背景として、統合失調症の病態生理として「NMDA型グルタミン酸受容体の機能低下仮説」と関連して、事前確率と予測誤差を以下の2つのグルタミン酸受容体のシステムから説明しています。

(1)駆動的シグナル(ボトムアップ):感覚器官からの「予測誤差」を伝える速い信号。主にAMPA受容体を介したグルタミン酸作動性の順方向の接続に依存します。

(2)修飾的シグナル(トップダウン):脳の高次領域から「事前予測」を伝える遅い信号。このトップダウンの制御は、主にNMDA受容体を介して行われます。先天性盲目の人は、不確実でノイズの多い非視覚的な感覚情報に圧倒されないよう、この「トップダウンの修飾的シグナル」を著しく強化することで、脳内の世界モデル(予測)を安定させていると考えられています。

 NMDA受容体のうち、発達初期に多いNR2Bというサブユニットは、ノイズに強い「強力で安定したトップダウン予測」を形成する上で重要な役割を担うと考えられます。動物実験では、視覚を遮断して育てると、この安定性を担保するNR2Bが長く視覚野に留まり続けることが分かっています(Yashiro & Philpot. 2008)。この結果、先天盲の人は、ノイズの多い情報に振り回されない予測能力を獲得している、と推測されます。このことが、統合失調症に対して保護的に働くのではないか、ということが仮説として提唱されています。

先天盲はASDのリスク――ただし回復の可能性も高い  先天盲による脳の適応(事前予測の強化)が、統合失調症に対しては保護的に働くかもしれない、という議論の一方で、先天盲の人では、ASD(Autism spectrum disorder)の診断基準を満たす人が有意に多いという報告があります。

 Jureら(Jure et al. 2016)の報告では、早期失明児のASD有病率は約48%に上ります。さらに、このリスクは未熟児網膜症などの「失明の原因(病歴)」には関係なく、「完全な先天盲であること」そのものと強く結びついており、完全な先天盲の小児に限るとASDの割合は72%にまで上がると報告されています。

 視覚がない状態では、アイコンタクト、身振り、顔の表情といった社会的コミュニケーションに不可欠な非言語的な手がかりを得ることが難しくなります。その結果、世界に対する不安が高まりやすく、自閉症特有の行動(他者への無関心、常同運動、言語の遅れや反響言語など)が現れやすくなると考えられています。興味深いことですが、先天盲のASD児の中には、成長に伴って診断基準を満たさなくなるケース(実質的な回復)が高い割合で確認されています。追跡調査では、盲目のASD児の89%が思春期までに診断から外れたといいます。これは、成長して「言語」を習得し、言葉が視覚の代わりとして世界を理解する強力なツールとして機能し始めることで、社会性の遅れを後から取り戻せる可能性があるためだと考察されています。

 ちなみに、生理学的には、一般にASDは神経回路網の興奮/抑制(E/I)バランスの不均衡が社会性、行動性、情動、認知、感覚、運動制御の非定型の根底にあると考えられています。E/Iバランスは,グルタミン酸作動性ニューロンとγ-アミノ酪酸(GABA)作動性ニューロンの活動比で表され、ここから、病態解明についての研究がなされています(Uzunova et al. 2016)。今回は触れませんが、ASDは自由エネルギー原理の視点でも考察されています(乾. 2024)。

今回のまとめ  先天盲の人では統合失調症の報告はほとんどありません。これは、統計学的なパワー不足の面も否めませんが、実質的に測定不可能なので、探索的に仮説を検証することが重要だと考えられます。

 先天盲の人では、視覚情報がないなかで成長発達するため、不確実なノイズに振り回されないように、事前予測を高めます。これは、グルタミン酸系の機能が高い状態です。これが、統合失調症に保護的なのではないかと考えられます。

 一方で、先天盲の人は、事前予測が高すぎる(グルタミン酸系の機能が高い)ため、非言語的な手がかりが多く、予測誤差が生じやすい社会的コミュニケーションについては、E/Iバランスが不安定になりやすく、ASD様の行動が目立ってしまうと考えられます。ただし、成長に伴い「言語」を獲得することで、予測誤差の低減が起こり、視覚に代わる情報で世界を安定して理解できるようになるため、ASD様の行動が減っていく、ということが考えられます。

※参考文献
・Chevigny H, Braverman S. The adjustment of the blind. Psycnet.Apa.Org, 1950.
・Morgan VA, Clark M, Crewe J, Valuri G, Mackey DA, Badcock JC, Jablensky A. Congenital blindness is protective for schizophrenia and other psychotic illness. A whole-population study. Schizophrenia Research. 2018;202:414-416.
・Jefsen OH, Petersen LV, Bek T, Østergaard SD. Is Early Blindness Protective of Psychosis or Are We Turning a Blind Eye to the Lack of Statistical Power? Schizophrenia Bulletin. 2020;46:1335-1336.
・Pollak TA, Corlett PR. Blindness, Psychosis, and the Visual Construction of the World. Schizophrenia Bulletin. 2020;46:1418-1425.
・Yashiro K, Philpot BD. Regulation of NMDA receptor subunit expression and its implications for LTD, LTP, and metaplasticity. Neuropharmacology. 2008;55:1081-1094.
・Jure R, Pogonza R, Rapin I. Autism Spectrum Disorders (ASD) in Blind Children: Very High Prevalence, Potentially Better Outlook. Journal of Autism and Developmental Disorders. 2016;46:749-759.
・Uzunova G, Pallanti S, Hollander E. Excitatory/inhibitory imbalance in autism spectrum disorders: Implications for interventions and therapeutics. The World Journal of Biological Psychiatry. 2016;17:174-186.
・乾敏郎. 知覚と運動を繋ぐ自由エネルギー原理(No.1). 日本神経心理学会, 2024. doi: 10.20584/neuropsychology.17207.

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