「科学的思考」は、人類の歴史の中で突如として現れた異質な能力のように見えますが、進化論的な視点で見ると、それは**「生存のための予測マシン」**が極限まで洗練された姿であると捉えられます。
科学の根幹である「仮説・実験・検証」というプロセスは、実はサバンナを生き抜くための泥臭い本能に根ざしています。
1. 始まりは「追跡(トラッキング)」:最古の科学
人類学者ルイ・リーベンバーグらは、狩猟採集民の**「足跡を追う技術(サイバネティック・トラッキング)」**こそが科学的思考の原型であると主張しています。
- 仮説の構築: 足跡の深さや土の乾き具合から、「このシマウマは疲れている」「向こうのの水場に向かっているはずだ」という仮説を立てます。
- 証拠による検証: 実際に移動し、糞の温度や折れた枝を確認して、自分の予想が正しいか(実験)を常に確かめます。
- 因果関係の推論: 直接目に見えない「獲物の心理や状態」を、断片的な情報から論理的に導き出す。この能力が、後の「目に見えない原子や重力を推論する力」へと繋がりました。
2. 認知的流動性(Cognitive Fluidity)の爆発
約5万年前、人類の脳内で大きな変化が起きたという説があります(考古学者スティーヴン・ミズンの説)。それまで「石器を作る知能」「社会的な知能」「自然を理解する知能」は脳の中でバラバラに機能していました。
- 領域の融合: 「もし、石(物質)を動物(自然)のように加工したら?」というように、異なるジャンルの知識が結びつきました。
- メタ表現: 「自分の考えについて考える」という能力です。これにより、「なぜ自分はこう思うのか?」「その根拠は何か?」という**客観的な疑い(科学的懐疑主義)**が可能になりました。
3. 反証可能性と「確証バイアス」の克服
進化論的に見ると、脳は「真実を知る」ためではなく、**「素早く決断して生き延びる」**ために設計されています。そのため、私たちは自分に都合の良い情報だけを集める「確証バイアス」を本能的に持っています。
- 科学は「本能への反逆」: 科学的思考が画期的だったのは、**「自分の仮説が間違っていることを証明しようとする(反証)」**という、生物学的な本能に逆らうルールを社会的に構築した点にあります。
- 集団的知性: 一人ではバイアスに勝てませんが、他人の間違いを指摘し合う「ピアレビュー(査読)」のような社会システムを作ることで、個人の本能を超えた「客観性」を手に入れました。
4. 科学的思考の「コスト」と現代のジレンマ
科学的思考は非常に高いエネルギーを消費します。
- 直感 vs 論理: 私たちの脳には、素早く答えを出す「システム1(直感)」と、遅くて疲れる「システム2(論理)」があります(ダニエル・カーネマン)。科学は常にシステム2を使い続ける「高コストな作業」です。
- 現代のミスマッチ: 現代の複雑な問題(気候変動やワクチンなど)に対して、私たちの脳はつい「直感的で分かりやすい物語」を求めてしまいます。科学的思考が普及してもなお、陰謀論や疑似科学が消えないのは、私たちの脳のデフォルト設定が「科学的」ではないからです。
まとめ:科学は「拡張された感覚器官」
進化の過程で、私たちは爪や牙を失う代わりに、**「因果関係をシミュレーションする脳」**を手に入れました。
- 狩猟: 足跡から獲物を予測する(仮説検証の始まり)。
- 言語: 知識を共有し、他人の推論を批判する(客観性の萌芽)。
- 制度: 科学というルールを作り、個人のバイアスを矯正する(文明のOS)。
科学的思考とは、生物としての「生存本能」を、人類全体の「知の探索」へと転用した、壮大なアップグレードと言えるでしょう。
