第七章をやさしく説明します
そもそも「今この瞬間」って何が難しいの?
たとえばこんな経験はありませんか。
友達と食事をしているのに、頭の中では「明日の試験大丈夫かな」とずっと考えている。楽しいはずの時間なのに、気づいたら食事が終わっていた。あるいは、失恋した後、何週間も「あのとき別の言い方をしていれば」と同じことをぐるぐる考え続ける。
これが第七章のテーマです。私たちの心は放っておくと、「今ここ」から離れてしまう。そして「今」を生きているようで、実は過去の後悔か未来の不安の中に住んでいる。
「過去・未来に生きている」は正確ではない
本書はここで少し意外なことを言います。
「過去や未来に生きている」という言い方は、厳密には正しくない。なぜなら、過去も未来も実際には存在しないからです。あるのは「今」だけ。過去の記憶も、未来への想像も、それ自体は「今この瞬間」に頭の中で起きていることです。
問題は「過去に生きている」ことではなく、過去の物語があまりにも多くの注意を占領してしまって、今実際に起きていることが見えなくなっていることなのです。
マジシャンのたとえが本書には出てきます。マジシャンは片方の手で派手な動きをして観客の目を引きつけ、もう片方の手でこっそり本当のことをやっている。反芻や心配は、まさにこの「目立つ手」です。その手ばかり見ているうちに、目の前の人の笑顔、今日の空の色、自分の体の感覚——そういう大切なことが全部すり抜けていく。
注意がうまく働かないパターンは二種類ある
パターン1:そもそも注意を向ける練習が足りていない
小さな子どもや、特定の発達上の特性がある人に多いケースです。注意を向けるのはスポーツと同じで、練習しないと上達しません。「ねえ、いま外で何の音が聞こえる?」と親に問われながら育つ子どもは、自然とこの能力が育ちます。
パターン2:能力はあるが、心が固まってしまっている
こちらが臨床的にはずっと多い。能力はあるのに、心配や反芻が注意をがっちり掴んで離さない状態です。
たとえば、失業した人が面接の練習をしようとしても、「どうせ受からない」「前の会社でああしていれば」という考えが頭を占領して、今この瞬間の練習に集中できない。注意の柔軟性が失われた状態です。
「問題解決モード」と「夕焼けモード」
本書はここで、心に二つのモードがあると説明します。
問題解決モードとは、物事を素早く評価・判断する自動的な心の働きです。「2+2は?」と聞かれたら即座に「4」と出てくる、あの感じ。このモードは生きていくために必要です。車が飛び出してきたら瞬時に判断しないといけない。でもこのモードは非常に強力なので、必要のない場面でも勝手に起動してしまいます。
友人が悩みを打ち明けているのに「それはこうすれば解決できるよ」と即座にアドバイスしてしまう。あるいは、静かな夕暮れを見ながら「明日の会議の準備まだ終わってない」と考え始める。これが問題解決モードの暴走です。
夕焼けモードは逆です。夕焼けを見るとき、私たちは「これは何か?」「どう対処すればいい?」とは考えません。ただ見る。ただ感じる。美しい音楽を聴くとき、好きな人と笑い合うとき、自然にこのモードになっています。
ACTが育てようとするのは、この夕焼けモードを意図的に使えるようにすることです。特に苦しいことが起きたとき、すぐに問題解決モードで「どうにかしよう」と動くのではなく、まず「今ここで何が起きているか」をただ感じてみる。
実際のセラピーでは何をするの?
本書には、実際のセラピーの会話が長々と収録されています。少し紹介します。
あるクライエントが次々と悩みを語り続けます。「仕事の締め切りが山積みで、家の請求書も未払いで、友達への返信もできていなくて、ジムも行けてなくて……」。まるで機関銃のように言葉が出てきます。
セラピストはこう言います。「ちょっと待って。話についていけなくなってしまいました。もう少しゆっくり話してもらえますか」。
そして「やることがたくさんある」という言葉を取り上げ、クライエントに目を閉じてもらいます。呼吸に注意を向けてもらいます。そして、その言葉をとてもゆっくり繰り返します。「やること……が……たくさん……ある」。
するとクライエントは「胸が締め付けられる感じがする」と言います。漠然とした「ストレス」が、突然「今この瞬間の胸の感覚」として具体的に現れてくるのです。
これが「今この瞬間への気づき」の力です。頭の中でぐるぐる回っていた言葉が、身体の感覚として感じられるようになる。そこから初めて、本当の意味での変化が始まります。
よくある誤解——「気持ちよくなるための技術」ではない
マインドフルネスという言葉は最近よく聞きます。「ストレス解消」「リラックス」のイメージがあると思います。でも本書は明確に言います。それは目的ではない、と。
たとえば、苦手な人のことを考えるときに「深呼吸して気持ちを落ち着かせよう」とマインドフルネスを使うなら、それは第六章で批判した「コントロール・除去アジェンダ」と同じことになってしまいます。嫌な気持ちを消すための道具として使うなら、意味が変わってしまう。
本当の目的は、嫌な気持ちがあっても、それに注意を全部奪われずに、自分が大切にしていることに向かって動き続けられるようになることです。嫌な感覚を「消す」のではなく、「背景に置いておける」ようになること、と言い換えてもいいかもしれません。
日常でできる練習
本書が勧めるのはシンプルなものです。
1日に何度か、アラームを鳴らして立ち止まる。そして10回だけ、呼吸に注意を向ける。吸う、吐く、その感覚だけをただ感じる。それだけです。皿洗いをしながら、水の温度、泡の感触、食器が当たる音に注意を向けてみる。「ながら作業」ではなく、その瞬間だけにいる練習です。
研究によれば、この練習はたとえ短時間でも、たとえ毎日でなくても、効果があることが示されています。
まとめると
第七章のメッセージを一言で言えば、**「心は放っておくと今から離れていく。でも、今に戻ってくることは練習できる」**ということです。
過去を後悔し、未来を不安がることに注意を全部使ってしまうと、今この瞬間の大切なものが全部すり抜けていく。夕焼けも、友人の笑顔も、自分の体の感覚も。今この瞬間に根ざすことは、アクセプタンスにも、価値への行動にも、すべての基盤になります。
