ACT 批判と反論

提供された資料に基づき、本書(『アクセプタンス&コミットメント・セラピー 第2版』)やACTというアプローチに対してなされている主な批判、およびそれに対する著者の見解を以下のポイントにまとめて解説します。

1. 研究の質とエビデンスの強さに関する批判

ACTの研究プログラムは、伝統的な認知行動療法(CBT)と比較して相対的に弱点があると指摘されることがあります。

  • 内容: ラース=ヨーラン・エスト(Öst, 2008)などの学者は、主流のCBTに比べて研究の厳密さやエビデンスの蓄積が不足していると主張しています。
  • 著者の反論: 著者は、これらの弱点はACT研究の歴史が相対的に浅いことに起因すると述べています。助成金の額を考慮に入れればその差は消滅し、むしろACTは**「変化のプロセス(媒介分析)」に重点を置いている点**や、従来の介入法が及ばなかった新しい領域に展開している点で優位性があると主張しています。

2. 特定の対象に対する有効性の限界

ACTがすべてのケースで他の手法より優れているわけではなく、特定の条件下では効果が限定的であるという批判(あるいはデータ)があります。

  • 内容: **「軽微な問題」を抱えるクライエントや、「(思考や感情に)それほど巻き込まれておらず、回避傾向も少ない」**比較的健康なクライエントに対しては、既存の技術(伝統的なCBTなど)の方がACTを上回る結果が出たケースがあります。
  • 詳細: 例えば、食欲の衝動に対する介入では、食べ物に支配されていない人に対してはACTがCBTや無治療群よりも優れているわけではなかったという研究結果が示されています。

3. 理論的・哲学的立場への批判

ACTが基盤とする「機能的文脈主義」と、主流の心理学が採用する「要素的実在論」の間の対立から生じる批判です。

  • 「思考は原因か」という議論: 批判者は「思考や感情が行動の原因である」と見なすことが一般的ですが、ACT(機能的文脈主義)は、思考も行動も共に「歴史的・状況的な文脈」から生じる依存変数であると考え、思考を直接的な原因とは見なしません。
  • 「認知の否定」という誤解: ACTが思考の内容を直接変えようとせず、思考との「関係(機能)」を変えることに注力するため、一部の批判者からは「認知の存在や重要性を否定している」と受け取られることがあります。これに対し著者は、CBS(文脈的行動科学)が認知に関する膨大な実験プログラム(RFT)を構築していることを挙げ、この批判は誤解であると述べています。

4. コンセプトの「修正主義」的取り込み

ACTがメインストリームになるにつれ、かつての批判者がACTの概念を自らのものとして扱うようになる現象への指摘です。

  • 内容: 主流派の批評家が、受容や脱フュージョンといった概念を指して「それは自分たちがずっと言っていたことだ」と主張する「修正主義」的な動きがあります。
  • 著者の懸念: 著者はこれが科学の進歩であると認めつつも、ACTモデルの一部(例えば「受容」だけ)をつまみ食いすることは、**「流行のファッションのように新しいテクニックを取り入れること」**に過ぎず、ACTモデルが持つ本来の利益や長期的進歩を損なう可能性があると懸念しています。

5. 方法論への批判(ドグマ性)

著者は、外部からの批判が往々にして**「自らの哲学的前提を自覚しないドグマ(独断)」**に基づいていると指摘しています。

  • 内容: 例えば、思考を行動の原因と見なさないACTの定義上の問題を「間違い」と批判することは、異なる哲学的前提(真理基準)を押し付けているだけであり、科学的な議論を停滞させると述べています。

著者はこれらの批判に対し、反対者をカンファレンスに招待し、オープンで非階層的な対話を通じてデータを蓄積し、モデルを絶えず洗練させていくという**「文脈的行動科学(CBS)」の戦略**で応えようとしています。

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