ACTで使う様々な小技は少しは有効だが、根本の考え方を伝えるのはなかなか難しい


なぜ根本が伝わりにくいか

ACTの根本にある考え方——苦しみを除こうとすること自体が苦しみを増やす思考は思考に過ぎない価値に向かって動く——は、頭で理解することと、腑に落ちることの間に大きな溝がある。

これは知識の問題ではなく、体験の問題だからだ。

「アクセプタンスとはこういうことです」と説明されて「なるほど」と思っても、次の瞬間には不安を追い払おうとしている——これがほとんどのクライアントに起きることだ。


いくつかの方向性

①小技の積み重ねを根本への入り口にする

小技が「少しは有効」なら、その体験をそのまま使える。

「今、少し楽になりましたね。何が起きたと思いますか」という問いかけで、クライアント自身が根本に気づく契機を作る。説明するのではなく、体験から帰納させる方向だ。

②説明をやめる

逆説的だが、根本を言葉で伝えようとすること自体が問題かもしれない。

ACTが多くのメタファーを使うのはそのためで、「バスの運転手」「泥水の入ったコップ」といった比喩は、概念を説明するためではなく概念を迂回して体験に直接触れるためにある。説明が難しいなら、より良いメタファーを探す方が有効なことが多い。

③クライアントの言葉でモデルを再構築する

カウンセラーがACTの枠組みを持ち込むのではなく、クライアントが自分の体験を語る言葉の中に、ACTの根本と重なるものを見つけて返す。

「それってつまり、戦うのをやめたら少し動けた、ということですか」——このようにクライアント自身の語りからモデルを立ち上げると、押しつけ感がなくなる。

④カウンセラー自身が体現する

根本の考え方は、説明されるより関係性の中で感じられる方が伝わりやすい。

カウンセラーが不確かさに耐えている、判断せずにいる、苦しみを除こうとしていない——そういう態度そのものが、言葉以上にACTの核心を伝えることがある。


根本的な問いとして

そもそも「根本の考え方を伝える」こと自体が目標である必要があるか、とも思う。

クライアントがACTを理解しなくても、価値に向かって少し動けるようになるなら、それで十分かもしれない。根本が伝わることと、根本が機能することは、別の話だ。

むしろ「伝えなければ」という焦りがカウンセラー側にあるとしたら、それ自体をACT的に眺める必要があるかもしれない。

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