脱フュージョン
1.
フュージョンは融合とか一体化とかの意味。
ロックとジャズを合わせたものをジャズフュージョンという、などと使う。
では、精神療法でフュージョンと言うときは、どうか。
何と何が融合しているのか。
そして脱フュージョンであるから、何と何が離れて独立するのか。
2.
例えば、「人混みが怖い」と思っていて、引きこもりになって、仕事も在宅ワークに変更したとする。このままでいいのかと思って、診察に来ました。
3.
まず、いまも人混みが怖いのはどんな感じか?いつころからか?その結果として引きこもりと在宅ワークをしてみてどう感じているか。自分として何か対策を考えたか。何か調べて役立つものはあったか。
4.
そもそもの話、人混みは本当に怖いのか。どんな風に怖いのか。人混みってどういうものなのか。
これがアクセプタンスですね。
5.
「人混みが怖いという考え」を自分から切り離すことはできるか。「考え」と自分がくっついてしまって、支配されていて、苦しいのかな。隙間はないかな。
宗教団体とか体育会系とか、どんどん考えを押し付けてきそうではないですか。そんな時、ちょっと立ち止まって、「そういう考えもありだろうけれども、自分としてはどうするかな」と考えられるか。まずはちょっとの隙間でいいんですよ。
これが脱フュージョンですね。
6.
人混みって、回避しているとどんな風になるか。いっそのこと、農村で暮らせば、人混みはないかな。アルプスの少女ハイジも人混みは関係ないだろうな。
7.
人混みが怖い、それはそのままにしておくという人生もありですよね。それはそのままにしておいて、あなたなりの生き方はできそうか。あなたが大切に思っていることが、例えば、誠実であることとか、嘘をつかないこととか、人に迷惑をかけたくないとか、独立独歩でやっていきたいとか、積極的に人の役に立ちたいとか、子供を育てたいとか、そのような人生の大きな方向があるとして、そこから考えて、人混みはどれくらい大変なことなのか。
8.
専門的に言うと、人混みが怖いという状態の中にもいろいろ種類があります。薬が効果的だったり、精神療法がよかったり、環境調整がよかったり、それらを組み合わせたり、人混みが怖いという状態に対処するために対人関係の調整をしたりとか、ちっょと考えると不思議なこともやったりします。
9.
別の例。人からの視線が怖い。これも、「人からの視線が怖い」という言葉、考え、イメージ、そういったものが、自分とどう関係しているか、考えればよさそうですね。
もっと別の例。耳鳴りがする。いや、頭鳴りというか。どこが鳴っているのかはっきり分からないところもある。でも、邪魔だ。なくなってほしい。そんな時、まず、「耳鳴り」という言葉、考え、イメージを、顕微鏡で見てみましょう。
一方で、考えてもどうせダメとか思いますね。面倒だとも思う。重症だったらいやだな。もう少し我慢していれば、自然に何とかならないかなとか。虫歯になっても、近眼になっても、対策に動くのは面倒なものです、人間は。
