ビッグ・ゴッド仮説

  1. ビッグ・ゴッド仮説とは ノレンザヤンの中心的な問いはこうです。

なぜ人類は、わずか1万2千年ほどの間に、数十人規模の小さな狩猟採集集団から、何百万人もが互いに見知らぬまま協力し合う巨大な定住農耕社会へと急速に拡大できたのか。

進化論的に見れば、これは奇妙な現象です。生物学的な利己性や血縁選択の論理だけでは、赤の他人同士が大規模に協力し合うことの説明は難しい。フリーライダー(タダ乗りして協力のコストを払わない者)が必ず現れ、集団は内側から崩壊するはずだからです。

ここでノレンザヤンが提示する答えが「ビッグ・ゴッド仮説」です。

人々を監視し、罰を与える全知全能の超自然的存在「ビッグ・ゴッド」への信仰が広がったことで、人々は見ているものがいなくても罰を恐れて非協力的にならず、フリーライダーにならずに協力的に行動するようになったという説です。

構造として整理すると:

要素 内容 認知的基盤 「誰かに見られている」という感覚(超自然的監視者の表象)が、人間の行動を抑制する 機能 匿名性が高い大集団でも、フリーライダー問題を心理的にコントロールできる 結果 見知らぬ者同士の信頼・協力が可能になり、集団規模が拡大できた 副産物 同じ神を信じる集団内の結束が強まる一方、信じない集団との対立(排除・敵対)も生まれる つまりこれは、宗教を「真理かどうか」という観点ではなく、社会的接着剤として、どのような認知的・行動的機能を果たしたかという観点から説明する立場です。協力の拡大と、集団間対立の発生という、一見矛盾する二つの現象を同じメカニズムの両面として捉え直す点が本書の鍵になっています。

ノレンザヤン自身はこの仮説を8つの原則(「日本語版への序文」の後に「ビッグ・ゴッドの8原則」として提示されているようです)に整理しており、第1章「宗教の進化」、第2章「超自然的監視者」、第3章「天上からの圧力」、第4章「私たちはビッグ・ゴッドを信じる」、第5章「ただ乗りする人としての自由思想家」、第6章「真の信仰者たち」、第7章「大集団のためのビッグ・ゴッド」、第8章「協力と競争の神」、第9章「宗教的協力から宗教的対立へ」、第10章「神なき協力」という構成で議論が展開されます。第9章のタイトルが示す通り、「協力を生んだメカニズムが、なぜ対立も生むのか」という移行が本書の重要な論点です。

なお経済学者ピーター・ターチンは、本書を高く評価する書評の中で、この本が新無神論者(ドーキンスやデネットらの立場)と進化心理学者の両方から批判されるだろうと述べています。これは、ノレンザヤンの立場が「宗教は単なる非合理な幻想」とも「宗教は遺伝的に直接組み込まれた本能」とも異なる、文化進化論的な第三の道を取っていることの裏返しとも読めます。

Big Gods: How Religion Transformed Cooperation and Conflict

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