宗教認知科学の最近の動向

宗教認知科学(cognitive science of religion, CSR)の重要な総説論文(McCauley, Barrett, Boyer, Lawson, White らによる “past, present, and possible futures”)について、内容を確認します。さらに具体的な研究動向(占い・予測処理・道徳的な神概念など)を確認します。


宗教認知科学(Cognitive Science of Religion, CSR)は、30年以上の蓄積を持つ分野ですが、ちょうど2025年に分野の創始者たち自身による総括論文が出ています。これを軸に、いくつかの層に分けて動向を紹介します。

1. 分野の「現在地」を示す節目の論文

2025年、Claire White, Justin Barrett, Pascal Boyer, E. Thomas Lawson, Robert McCauley, Harvey Whitehouseという、分野を創設した世代の主要研究者たちが連名でReligion, Brain & Behavior誌に総括論文を発表しました。30年以上前、異なる分野出身の少数の研究者グループが、文化、特に宗教は自律的領域であり独自の解釈方法でのみ研究できるという「解釈的排他主義」のドグマから、宗教の学術的研究を救い出そうとしたところからこの分野は始まりました。

この論文の核心的主張は、宗教的思考や行動の多くの特徴は、種の進化的遺産によって形成された、文化を超えて反復的に現れる認知プロセスの観点から説明可能であり、それは他の思考様式・行動様式と同様に科学的に研究できるという立場です。これは依然としてCSRの方法論的核を成しています。

2. 理論的フレームの現状——「最小反直観性」をめぐる再検証

CSRの中心理論のひとつが、Pascal Boyerに由来する「最小反直観性(minimal counterintuitiveness, MCI)」理論です。宗教概念(神、霊、祖先など)が記憶・伝達されやすいのは、直観的なカテゴリーに対して一つだけ違反する(例えば「全知だが人間的な行為者性を持つ神」のような)構造を持つため、ほとんどの面では通常の直観に合致しつつ一点だけ逸脱することで、記憶に残りやすく世代を超えて伝達されやすくなるという考え方です。

近年の動向として注目すべきは、この理論が精緻化と批判的検証の両方を受けている点です。

  • 方法論の精緻化:単純な「ありそうもない」刺激と「最小限に反直観的」な刺激を区別する実験デザインが進み、最小限に反直観的な刺激は、単にありそうもないだけの刺激よりも強い好奇心を引き起こすことが示されています。
  • モデルの精緻化:「文脈依拠モデル(context-based model)」など、MCI効果がどのような条件で生じるかを説明する派生モデルが提案されています。
  • 境界事例の議論:例えば「幽霊」概念が完全に直観的(発達的デフォルト)なのか、最小限に反直観的なのかという論争があり、対立する立場の研究者たちも、こうした概念が自然な人間の認知が通常の人間環境で通常通り働く結果として広く分布していることには同意しています。彼らは幽霊概念が容易に獲得・伝達されるという意味で「自然」であることを認めており、これらの認知志向の研究者たちは、幽霊への信念を主に集中的な教化の産物とは見ていません。

つまり、認知的自然性の説明は、超自然的存在の実在性については中立的な立場を保ったまま、その普遍的分布のメカニズムを説明しようとする、という分野の基本姿勢が再確認されています。

3. 進化・協力理論との接続——「モラリスティックな神」研究

もう一つの大きな潮流は、宗教と社会的協力・道徳の進化的関係を扱う研究群です。Norenzayanらの大規模研究では、道徳的に介入する神々や超自然的懲罰、そして人間社会性の拡大との関係が検証されてきましたが、近年はこの単純な因果図式自体が再検討されています。例えば、道徳主義的な超自然的懲罰は社会的複雑性とはおそらく関連していないという反証的な知見も報告されており、初期の「大きな神々(Big Gods)」仮説に対する経験的な精査が進んでいます。

また、Purzyckiらによる大規模クロスカルチュラル研究プロジェクトでは、人間の認知モデルが宗教システムの研究にどの程度寄与するかという、より方法論的・批判的な問いも提起されています。

4. 予測処理理論(Predictive Processing)との融合

近年特に活発なのが、Andy Clarkらの予測処理理論を宗教認知に応用する試みです。これは過活動性行為者検出装置(HADD: Hyperactive Agency Detection Device)という古典的概念を、より精緻なベイズ的・予測誤差最小化の枠組みで再定式化しようとする動きです。行為者検出と予測処理が宗教的信念の個体発生(ontogenesis)においてどのような位置を占めるかという問いが、近年の論文タイトルにも明示的に現れています。バーチャルリアリティ環境を用いた実験的検証も進んでおり、予測する心における行為者検出という形で、知覚・予測誤差・宗教的経験の関係が実験的に探られています。

5. 新しい方向性——身体性・環境・4E認知

CSRはこれまで主に「個人の頭の中の認知メカニズム」に焦点を当てがちでしたが、近年は身体化された認知(embodied cognition)・拡張認知・4E認知(embodied, embedded, enacted, extended)の枠組みを取り入れる動きが顕著です。2025年の研究では、宗教的経験のための「デザイナー環境」あるいは「認知的ニッチ」という概念が提案され、近世カトリックの宗教文学・実践テキスト(イグナチオ・デ・ロヨラの『霊操』など)を、読者・実践者が「別の場所で思考する(think elsewhere)」ことを可能にする環境設計として分析する研究が出ています。これは、宗教を単なる信念内容としてではなく、実践と環境が認知をどう構造化するかという観点から捉え直す試みです。

6. 占い(Divination)研究という新興トピック

もう一つ近年急速に注目されているのが、占いの認知科学的説明です。Hugo Mercierらの研究では、占いがなぜ説得力を持つのか、また小規模社会において重要な集団的決定になぜ占いが必要とされるのかを、人間のコミュニケーションと協力の一般的特徴から説明しようとしています。鍵となる概念は「誇示的離脱(ostensive detachment)」で、占い師が自分の発言の作者ではないことを示す行為であり、その結果、人々は占いを他の言明よりも誰かの意図や利害に影響されにくいものとして自発的に解釈するというものです。これにより占いは他の情報源と比べて認識論的な優位性を持つと説明されます。これは宗教研究を、より広い「人間のコミュニケーション戦略の進化」研究と接続する動きの一例です。

7. 哲学的・神学的インターフェースの活性化

CSRの知見が宗教的信念の合理性・認識論的地位にどう関わるかという議論も、近年活発に再燃しています。CSRが純粋に説明的な方法を採用し方法論的自然主義を前提とすることで宗教を「物質化」してしまったという批判がある一方、説明的方法だけがCSRの唯一の手法ではなく、他の方法の使用も許容されるべきだという立場もあります。Launonen & Mullinsらの議論では、古典的神論(Classical Theism)が真であるなら、人間の認知は神を正しく追跡する(theism-tracking)ようにはおそらくできていないという、デバンキング論証(CSRの知見が宗教的信念の正当化を損なうという議論)の精緻なバージョンも提示されています。これに対する応答として、古典的神論を保持したまま認知科学の知見を整合的に理解するモデルを構築する試みもあり、双方向の哲学的対話が継続しています。


構造的に見た場合のまとめ

先生のご関心——予測処理理論と精神病理、進化精神医学、実存主義精神医学——という観点から見ると、CSRの近年の動向は次のように整理できるかと思います。

古典的CSR(1990年代〜2010年代)近年の展開
説明対象信念内容(なぜ神という概念が記憶されやすいか)実践・環境・コミュニケーション戦略
理論的核MCI、HADD(離散的・モジュール的認知)予測処理理論(連続的・ベイズ的認知)
社会的機能大きな神々仮説(単純な協力促進論)経験的反証を踏まえた精緻化(複雑性との非連動も)
認知の場所個人の頭の中4E認知・拡張された認知ニッチ
哲学的含意進化的デバンキング論証 vs 中立性論争古典的神論との両立可能性モデルなど、より精緻な相互作用

特に予測処理理論への合流は、先生がすでに精神病理(統合失調症の予測誤差モデルなど)で馴染んでおられる枠組みが、宗教的経験・行為者知覚の説明にも応用され始めているという点で、精神医学とCSRの接続点として興味深い動きだと思います。HADD(過活動性行為者検出)という古典的概念が、予測誤差最小化という、より統一的な計算論的精神医学の言語で再記述されつつある、というのが現在の理論的フロンティアの一つと言えそうです。


予測処理理論と宗教的経験(あるいは精神病理)の接続について。


予測処理理論と宗教的経験・精神病理の接続

1. 出発点——なぜ「行為者検出」が予測処理に再記述される必要があったか

CSRの古典理論では、宗教的観念の発生源として「過活動性行為者検出装置(HADD)」という、モジュール的・離散的な認知メカニズムが想定されてきました。風で揺れる枝を見て「誰かいる」と感知してしまう、あの種の認知バイアスです。

しかし2010年代後半、この理論は経験的な行き詰まりに直面しました。Michiel van Elkは、行為者検出はCSRにおいて中心的概念であるにもかかわらず、実験的研究はこれまで、行為者検出理論から導かれる最も一般的な予測のいくつかを支持することに失敗してきたと総括しています。つまり、「不安や曖昧な状況で人は行為者性を過剰に検出する」という単純な仮説は、実験室では思うように再現されなかったのです。

ここでMarc Andersenが提起したのが、予測符号化(predictive coding)という、知覚と行動を理解するための非常に有望な新しい枠組みが、行為者検出研究における未解決の理論的不整合を解決し、先述の困惑させる実験結果を説明し、将来の実験的検証のための仮説を提供できるという提案でした。予測符号化は、脳が意識に知られないまま、感覚入力の隠れた原因を常に予測しようとする精緻なベイズ統計を行っていることを説明する枠組みです。

これは理論的に重要な転換です。HADDのような「特定の入力があれば特定の出力(行為者表象)が引き起こされる」という刺激-反応的モジュールから、「事前確率(prior)と感覚入力の予測誤差を最小化する継続的プロセス」という、より連続的・文脈依存的なモデルへの移行だからです。

2. 宗教的経験を「状況モデルの構築・再構築」として読む

van ElkはAndersenの理論をさらに展開し、宗教的経験を状況モデルの構築と再構築(constructing and reconstructing religious experience)として捉える枠組みを提示しています。これは、宗教的経験を単発の知覚エラーとしてではなく、より大きな物語的・文化的フレームの中で予測誤差が解釈され、安定した「状況モデル」へと組み込まれていく過程として理解する立場です。

この発想を、より具体的な実証研究に落とし込んだのが、Andersenらによる「ウィジャボード(こっくりさん的な占い盤)」実験です。予測する心はウィジャボードのセッションにおいてどのように働くかを検証したこの研究は、占いと予測処理の接続点として、前回お話しした占い研究とも合流する興味深い例です。参加者は自分の手が動かしているにもかかわらず、それを「外部の意図」として経験する——これはまさに、自己行為の予測と実際の感覚フィードバックのズレが、行為者性の帰属を変化させるという予測処理理論の核心的主張の実演です。

さらに重要なのが、Schjoedt & Andersenの2017年の論文タイトルそのものです——予測する心において宗教的経験はどのように働くのか。ここでの問いの立て方自体が、宗教的経験を「特殊な認知」としてではなく、通常の知覚・行為のメカニズムの延長線上として位置づけようとする姿勢を示しています。

3. 精神病理への接続——統合失調症の予測符号化モデルとの構造的並行性

ここからが、先生のご専門領域に直結する部分です。予測処理理論は、統合失調症研究において既に確立された理論的言語を持っています。

統合失調症の予測符号化モデルでは、自己行為性(self-agency)の経験は、自己生成行為の予測された感覚的結果と実際の結果との間の最小の予測誤差から生じるとされ、自己行為性の経験は自分自身の行為の期待される結果について信頼できる予測を行うことによって駆動されると考えられています。統合失調症では、この自己予測メカニズムに障害が生じることで、高次レベルの予測が低次の感覚的知覚をどのように形作るかに異常が生じ、結果として幻覚や妄想という形で現れると考えられています。Sass(2014)の統合失調症における自己障害——構造、特異性、病因という研究も、この文脈で頻繁に参照されます。

ここに、宗教的経験研究と精神病理研究の構造的並行性が浮かび上がります。両者はともに、

  • 「これは自分がしたことか、それとも外部の行為者によるものか」という行為者性の帰属(agency attribution)
  • 事前知識(prior)が感覚入力の解釈をどれだけ強く規定するか
  • その帰属の揺らぎが、どのような条件で「異常」と「有意味な経験」に分岐するか

という、同一の計算論的問題に取り組んでいることになります。

4. 「強すぎる事前確率」という統一的説明変数

精神病傾向(psychosis proneness)研究では、社会的に意味のある視覚的信号に対する過度に強い事前確率が、健常者における精神病傾向と関連していることが示されています。これは妄想形成の有力なモデルの一つで、Friedemann Pulvermüllerらの系譯にあるような「事前確率が過度に強く、感覚入力からの訂正(予測誤差)を受け入れにくくなる」という説明図式です。

これと類比的な枠組みが、宗教的経験の文化的解釈にも適用されています。Luhrmannの系譯にある研究(本検索で直接は確認できませんでしたが、関連文献として)と並んで、近年の論文では宗教的経験は、特殊な認知によってではなく、想像的能力によって支えられた文化的フレームワークからの事前確率を通して解釈されるという主張がなされています。これは重要な対比です——つまり、宗教的経験を持つ人と精神病症状を持つ人の違いは、**「予測誤差処理システムそのものの異常」ではなく、「どのような事前確率(文化的・宗教的枠組み)が利用可能か、そしてその事前確率がどれだけ共同体的に検証され、安定しているか」**にある、という立場です。

この論文はさらに踏み込んで、統合失調症においても宗教においても、ある種の予測的事前確率が経験の質を規定するという点で共通の構造があることを示唆しています。

5. 臨床的観察との接続——宗教性と精神病症状の量的関係

ここで興味深いのは、理論的並行性が臨床データでも裏付けられている点です。安定期統合失調症患者を対象とした研究では、陽性症状のPANSS得点は宗教性全体と正の関連を示し、陰性症状のPANSS得点は宗教性と負の関連を示したという結果が報告されています。さらに、精神病の陽性症状は主に幻の行為者と幻の経験を含むと指摘されており、これは行為者検出・予測誤差というメカニズムが、陽性症状(幻覚・妄想)と宗教的行為者表象の双方に共通の基盤を提供していることを示唆します。

また、関連する個人差研究として、行為者検出、メンタライジング、統合失調型傾向(schizotypy)における個人差と、宗教的信念・行動との関連を扱った「神アルージョン(The God Allusion)」という論文も参照されており、行為者検出の感度という単一の認知的次元が、宗教的信念の強さと統合失調型傾向の双方を予測する可能性が示されています。

6. 理論的に何が賭けられているか——カプールの「異常な顕現性」との接続

統合失調症の精神病理学において影響力の大きいKapur(2003)の精神病は異常な顕現性(aberrant salience)の状態である——生物学、現象学、薬理学を結びつける枠組みという論文も、この文脈でしばしば参照されます。顕現性とは、ドーパミン系を介して「どの感覚入力に注意・意味を割り当てるか」を決定する機構であり、これが予測処理理論における「精度(precision)の重み付け」という概念と接続されます。つまり:

  • 通常の知覚:感覚入力の精度(信頼度)と事前確率の精度が、文脈に応じて適切に重み付けされる
  • 精神病:感覚入力(あるいは内的な思考過程)に異常に高い精度が割り当てられ、本来ノイズであるはずの偶然の一致が「意味あるもの」として顕現してしまう
  • 宗教的経験:文化的に共有された事前確率(神、霊、運命といった概念枠組み)が、通常は説明のつかない出来事(病気の回復、偶然の一致、強い感情体験)に対して、共同体的に検証された解釈の枠組みを提供する

この三者を並べると、宗教的解釈枠組みは、精神病的解釈とは異なり、「文化的に共有され、社会的に検証可能な事前確率」を提供することで、予測誤差に意味を与えながらも、個人を孤立させたり機能を破壊したりしない形でそれを処理可能にしている、という仮説が浮かび上がります。これは実存主義精神医学的に言えば、宗教が果たす機能の一つを「世界との予測的整合性を回復させる、共同体的に保証された意味のシステム」として再記述する試みとも言えるでしょう。

7. 残る理論的緊張——批判と限界

ただし、この統合がすべて解決済みというわけではありません。van Elkに対する応答論文では、行為者検出は宗教的信念の説明において不要であるという、より懐疑的な立場も併存しています。つまり、

  1. 予測処理の枠組みそのものが宗教的経験の説明に十分な特異性を持つか——予測処理はあらゆる知覚・認知に適用される一般理論であるため、「なぜ他の文化的信念ではなく宗教的信念がこの形を取るのか」という問いに、それ単独では答えられないという批判
  2. 記述レベルの違い——予測処理は神経計算レベルの記述であり、現象学的な「宗教的経験の質感」とどう接続するかは依然開かれた問題
  3. Lang & Kundt(2017)の予測符号化は過去の経験を説明できるかという論文タイトルが示すように、予測処理モデルが扱いやすいのは「いま・ここの知覚」であり、記憶・伝統・歴史的に蓄積された宗教的経験の説明への拡張には、まだ理論的な作業が必要

まとめ——先生のご関心への接続点

先生が以前から関心を持たれている「予測処理理論と精神病理」「身体性と記憶」「自己・時間の再構築」という主題群と、宗教的経験のCSR研究は、行為者性の帰属における事前確率と予測誤差の処理という、単一の計算論的問題を共有しています。

違いが生じるのは、

  • 事前確率の出自(個人的・病理的に生成されたものか、文化的に継承され共同体的に検証されたものか)
  • 予測誤差の解釈の社会的検証可能性(一人だけの確信か、儀礼・共同体・伝統を通じて反復的に確認される確信か)
  • そして結果として生じる機能性(孤立と機能不全をもたらすか、意味と統合をもたらすか)

という点にあるようです。これは、精神医学の臨床における「正常な信念と病的な信念をどう区別するか」という古典的な問いに、計算論的精神医学の言語で新たな精緻化を与える試みとも読めます。ご専門領域である実存主義精神医学・人間学的精神療法の観点から見ると、この理論群は「予測誤差の意味づけを可能にする共同体的構造」の重要性を、計算論の言語で再発見しつつあるとも言えるかもしれません。

ご関心があれば、Kapurの顕現性理論とFristonの自由エネルギー原理の関係、あるいはvan Elkらの「想像的能力」概念を、メルロ=ポンティ的な身体性概念と接続する方向でさらに掘り下げることもできます。

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