GLP-1受容体作動薬が、食欲だけでなく、たばこ、アルコール、オピオイドへの渇望も抑制できるか、検証が進められている。
2025年4月、神経科学者のSue Grigsonは、ある男性から1通の電子メールを受け取った。そこには、嗜癖(しへき)を断ち切ろうと長年あがいてきた苦闘の経緯が詳述されていた。嗜癖の対象は、最初はオピオイドで、次いで、そのオピオイドをやめるために処方された薬剤そのものへと移っていった。
その男性は、特定の抗肥満薬が、ラットにおいてヘロインやフェンタニルなどの薬物への嗜癖を軽減し得ることを示唆するGrigsonの研究を偶然目にした。そこで彼は、オゼンピックとして知られるブロックバスター薬であるGLP-1受容体作動薬セマグルチドを服用しながら、再び断薬に挑む決意をした。「その際に、私に連絡をくれたのです」と、ペンシルベニア州立大学医学系大学院(米国ハーシー)に所属するGrigsonは言う。「彼は、成人して以来初めて、薬物からもアルコールからも解放されたという報告をくれました」。
こうした体験談はここ数年、オンライン掲示板、減量クリニック、ニュースの見出しを通じて急速に拡散している。セマグルチド(商品名ウゴービ)やチルゼパチド(商品名マンジャロ、ゼップバウンド)といった糖尿病・肥満症薬を用いる人々が、たばこ、アルコール、その他の薬物への長年の嗜癖を、突然克服できたという内容だ。そして今、それを裏付ける臨床データが出始めている。
2025年、南カリフォルニア大学(米国ロサンゼルス)の心理学者Christian Hendershot率いる研究チームは、画期的な無作為化比較試験において、週1回のセマグルチドの注射が飲酒量を減少させたと報告した1。これは、GLP-1薬が物質使用障害患者の嗜癖行動を変容させ得ることを示す重要な実証である。現在、嗜癖に対するGLP-1薬の無作為化臨床試験が、世界で十数件進行しており、今後数カ月以内に結果が出るものもある。
一方、神経科学者らは、こうした減量薬が渇望、報酬、動機付けを制御する脳領域のホルモン受容体に作用して、嗜癖を抑制する機構を解明しつつある。GLP-1療法は、空腹の合図や過食を鎮めるのと同じ脳経路の一部を介して、アルコール、オピオイド、ニコチン、コカインへの衝動を鈍らせることが判明してきた。トロント大学(カナダ)の精神薬理学者Roger McIntyreは「結局のところ、報酬をもたらす刺激、すなわち食物、セックス、薬物、ロックンロールによって活性化される神経生物学的システムは同一なのです」と言う。一部の研究者は、GLP-1が報酬関連回路に影響を及ぼすことで認知症やうつ病にも効果があるかどうかを検証している。
ただし科学者らは、研究はまだ初期段階にあると警告する。オクラホマ州立大学(米国タルサ)で神経画像研究を専門とし、飲酒量低減に対するGLP-1薬の試験を率いるW. Kyle Simmonsは、「まずは有効性と安全性を確かめる必要があります」とくぎを刺す。
期待を寄せる研究者や臨床医も多い。イエーテボリ大学(スウェーデン)の嗜癖生物学者Elisabet Jerlhag Holmによると、真に新しいクラスの嗜癖治療薬は、ここ数十年、規制当局に承認されていないという。より大規模な試験でGLP-1薬の有効性が証明されれば、「革命的な出来事です」と彼女は言う。
研究室から脚光の舞台へ 嗜癖医学における現在のGLP-1薬ブームが形成されるまでには、数年の歳月を要した。GLP-1薬は当初、ホルモンであるGLP-1を模倣して2型糖尿病患者の血糖値を管理する目的で開発された。ほどなく、GLP-1薬は、食欲を抑えて減量を促すことも明らかになった(2023年4月号「新世代の抗肥満薬がもたらす驚きの効果と懸念」参照)。GLP-1薬は、膵臓や腸にあるホルモン受容体に作用して血糖や満腹シグナルを調節するだけでなく、報酬や動機付けを司る脳の重要領域にも作用し、嗜好性が高くて高カロリーの食物への欲求を減退させる。
2010年代初頭までに、Jerlhag Holmは、GLP-1薬が他の欲求も鈍らせるのではないかと考え始めるようになっていた。彼女は、アルコール2、ニコチン3、そしてアンフェタミンやコカイン4などの精神刺激薬に嗜癖を示すラットやマウスにおいて、渇望を抑えられることを示す一連の論文を発表した。彼女のチームはさらに、GLP-1療法が、断薬期間の後に再び薬物に手を出す「再燃」に似た動物行動を減少させ得ることも実証した5。
しかし彼女によれば、当時の知見は嗜癖研究者の間でほとんど注目されず、製薬企業も関心を示さなかった。「長い間、私はかなり孤独でした」とJerlhag Holmは振り返る。
だが、米国立衛生研究所(NIH、ボルチモア)の医師科学者Lorenzo Leggioがその研究に目を留めた。彼もまた、GLP-1が嗜癖行動に影響し得るという手掛かりを追っており、2015年にJerlhag Holmと協力して、このホルモンとヒトのアルコール依存との関連を示す最初の証拠を見いだした。Leggioの研究チームは、GLP-1受容体遺伝子に見られるありふれたバリアントが、飲酒量の多さと関連していることを突き止めた6。
Leggioらはその後、ヒトの死後脳組織を用い、アルコール使用障害の患者では脳の報酬関連の主要領域においてGLP-1受容体発現レベルが高いことを示した7。Leggioは、これが適応反応を反映しているのではないかと推測している。すなわち、アルコールが体内のGLP-1産生を抑えるため、脳が報酬・動機付けを司る回路の感受性を維持しようとして、受容体の発現を高めるというわけだ。
こうした基礎・臨床研究の積み重ねにより、GLP-1と嗜癖行動の関連は確固たるものとなった。とはいえ、この話題が一般の注目を浴びたのは2023年5月のことだった。The Atlanticが、セマグルチド服用者が喫煙や飲酒の衝動が減退したと語った記事を掲載したのだ。その見出しは、「科学者は偶然にも嗜癖治療薬を発明してしまったのか?」というものだった。「あれが間違いなく転換点でした」とLeggioは言う。それ以来、彼の元には、記者からの問い合わせが相次ぐこととなった。
しかし、初期の厳密な試験結果は、概して期待外れなものだった。コペンハーゲン大学(デンマーク)の精神科医Anders Fink-Jensenが主導した2022年のデンマークの研究では、第一世代のGLP-1化合物エキセナチド(2005年から糖尿病治療に用いられているが、減量薬としては未承認)の週1回投与は、アルコール依存症患者の多量飲酒日数を大きく減らすことはなかった8。スイスで行われた2023年の試験でも、別の第一世代薬デュラグルチドは禁煙の助けとはならなかった9。
一方、これらの薬剤が有効である可能性を支持する結果も得られている。Grigsonと、同じくペンシルベニア州立大学の心理学者Scott Bunceが主導した、オピオイド使用障害患者20人を対象とした試験10では、別の第一世代薬であるリラグルチドが、オピオイドへの渇望を約40%減少させたのである。さらにFink-Jensenのチームが、試験参加者の脳を機能的MRI(fMRI)によって評価したところ、アルコール飲料の画像を見た際の報酬関連領域の活動が、エキセナチド服用によって抑制されていることが確認された8。
ただし、これらの予備試験に用いられた第一世代薬は、セマグルチドやチルゼパチドに比べるとはるかに効力が低い。これらの第二世代薬は受容体への結合親和性が高いだけでなく、体内での活性持続時間も長く、幅広い疾患においてより大きな臨床的利益を示している。果たしてこれらの最新の薬剤は、物質の乱用問題に苦しむ人々の行動を変容させられるのだろうか。
「高揚」を鈍らせる それこそが、現在多くの臨床試験で研究者らが検証していることであり、その結果が大いに待ち望まれている。Fink-Jensenらは、肥満を伴うアルコール使用障害患者108人を対象に、減量適応で承認された高用量セマグルチドが、飲酒量を減らせるかを検証する臨床試験を完了したところだ。結果は2026年初頭に公表される見込みである。
米国では、LeggioとSimmonsがそれぞれ、問題のある飲酒の診断基準に該当する中程度から多量の飲酒者を対象に、セマグルチド注射の無作為化試験を、独立に、しかし連携しながら主導している。Leggioの試験は52人を対象に、高用量のウゴービを、Simmonsの試験は80人を対象に、糖尿病に通常用いられる低用量のオゼンピックを評価している。さらに、コロラド大学アンシュッツ医療キャンパスの心理学者Joseph Schachtは、経口のセマグルチド(商品名リベルサス)を用いた独自の試験を行っている。3つのチームは連携し、用量や投与経路の違いが結果にどのように影響するかを明らかにしたいと考えている。
Schachtは、経口薬は注射薬ほど強力ではないとしても、アルコール嗜癖患者には受け入れられやすい可能性があると言う。というのも、患者の多くはフェンタニルなどの注射薬の使用歴があるからだ。「注射針は薬物使用に結び付いた合図になり得るため、彼らは針に忌避感を抱くのです」。
アルコール依存に対するセマグルチドの有効性を調べるこれらの試験はいずれも、fMRIを用いて治療前後の脳の比較画像を撮影し、飲酒や写真といったアルコール関連刺激に対する応答の変化を追跡する。これにより、嗜癖を駆動する脳の衝動、つまり報酬追求としての欲求が、薬剤によっていかに阻害されるかが明らかになるかもしれない。また画像データからは、GLP-1療法の恩恵を受けやすい人々に特有の脳活動パターンが見いだされる可能性もある。「どのような人に最も効果的かを、より深く理解できる可能性があります」とSimmonsは期待を寄せる。
報酬回路の構造 GLP-1薬が脳の報酬系に作用する機序の全体像は、徐々に解明されつつある。動物モデルから、アルコール、ニコチン、オピオイド、食物といった報酬物質は、同様の神経回路を活性化することが判明している。その回路は、神経伝達物質ドーパミンを合成するニューロンの起点である腹側被蓋野などの脳深部構造と、ドーパミン信号が到達して快感として登録される側坐核を結び付ける。通常、お酒を一口飲む、たばこを一服する、薬物を1回摂取するたびに、この回路に報酬としてのドーパミンが放出され、脳に「もっと欲しい」と学習させて、嗜癖行動を強化する。
GLP-1受容体はこのネットワーク全体のニューロン上に存在し、刺激を受けるとドーパミンなどの化学伝達物質の放出を減らして、報酬体験の魅力を低下させると考えられている。セマグルチドのような薬剤がGLP-1を模倣して作用することで、ドーパミンの反応が鈍くなり、嗜癖行動を繰り返したいという強迫的な衝動が薄れていくのだ。
動物研究によれば、その作用にはストレス反応も関与している。扁桃体などの脳領域でGLP-1受容体が活性化されると、不安、離脱、渇望に伴うストレスホルモンの急増を抑える助けとなる。この衝動と不快感の双方を鎮める二重の作用が、少なくとも齧歯類において、摂取量だけでなく再燃も減少させる理由を説明できるのかもしれない。
飲酒については、GLP-1薬はおそらく、腸への作用や、食欲・満腹感を司る経路を通じても摂取を抑制する。しかし脳内においては、この薬剤の作用は驚くほど一貫しているようだ。「物質使用障害の種類によって多少の違いはあるかもしれませんが、基本的には普遍的な機構だと思われます」とSimmonsは述べる。
そして、それこそが嗜癖研究者を熱狂させている理由である。既存の薬物療法は、乱用物質と同じ受容体や神経伝達物質を標的とするため、特定の1つの嗜癖にしか対応できない。しかも最良の治療法であっても、その成果は限定的で持続しにくいのが現状だ。
ペンシルベニア大学看護学校(米国)の神経薬理学者Heath Schmidtは、報酬と動機付けの根底にある共通の回路に作用するGLP-1療法ならば、理論上あらゆる嗜癖源に対処でき、複数の物質を乱用している人々にも有効となり得ると言う。「このような例は、これまで見たことがありません」とSchmidt。
認知機能とのつながり GLP-1と報酬系の結び付きは、嗜癖をはるかに超えた疾患治療への関心を呼び起こしている。報酬処理を支える脳回路は、学習、記憶、動機付け、意思決定といった、ヒトの認知の中核要素をも支えているからだ。
一部の精神科医や神経科医は、この機能の重複に着目し、広範な認知・神経精神疾患の候補薬としてGLP-1薬を探索している。これにはアルツハイマー病やうつ病などの気分障害が含まれ、これらの疾患は集中力や記憶力の問題を伴っており、既存の抗うつ薬では改善が困難である。
しかし、これまでの臨床試験の結果は芳しいものではない。2025年11月、デンマークの製薬企業大手ノボ ノルディスクは、2件の大規模第3相試験において経口のセマグルチドがアルツハイマー病患者の認知低下を遅らせることができなかったと報告した。この報告は、McIntyreと精神科医Rodrigo Mansurが、うつ病患者72人を対象としたセマグルチドの無作為化比較試験データを公表した数週間後のことだった。この試験では、セマグルチドの16週間の投与で全般的な認知機能の有意な改善は見られなかったが、注意力や記憶力の一部には改善の兆しが認められた11。
エビデンスの拡充 GLP-1薬が物質使用障害の治療薬として規制当局の承認を得るにはまだ長い道のりがある。まず必要なのは、大規模な無作為化試験から得られる明確で再現性のある証拠であり、単なる脳活動の変化ではなく、生活の質を劇的に向上させるほどの物質使用量減少を示さなければならない。
別の障壁としては、減量効果が嗜癖治療を複雑にしないよう担保することだ。薬剤使用者の多くは食生活が不規則であり、GLP-1療法によって不適切な体重減少、栄養失調、フレイルが引き起こされる懸念がある。このため、現在の臨床試験は、主に過体重もしくは肥満を伴う患者を対象としている。また、休薬後の再燃リスクについても慎重な評価が求められる。
それでも製薬大手の参入は加速している。ノボ ノルディスク社は、セマグルチドが単独または他の療法との併用で、アルコール性肝疾患患者の肝損傷と飲酒量を減少させられるかを試験しており、チルゼパチドの製造元であるイーライリリー社(本社:米国インディアナ州)も同様に、アルコール使用障害患者300人規模を対象とした試験を開始した。この試験は、チルゼパチドと同様、GLP-1受容体に加えて別のホルモン経路も標的とする同社の実験的減量薬を検証するものである。
その間も、成功体験のうねりがソーシャルメディアなどで広がり続けている。ニコチンやオピオイドだけでなく、買い物やギャンブル、果ては爪噛みといった強迫行動までもが改善したという体験談があふれているのだ。
科学者らはこうした体験談を慎重に受け止めるべきだと強調する。習慣の変化は、薬剤そのものではなく、減量したこと自体による心理的変化の結果かもしれないからだ。しかし、薬物依存から解放された患者からの切実な声を受け取ったGrigsonのような科学者にとって、こうした声は自身の研究に切迫感を与えるものとなっている。GrigsonとBunceらは2025年に、アカデミア主導としては最大規模となる200人規模のオピオイド使用障害試験に乗り出した。
「人々が希望を感じ始めています。それは素晴らしいことです」とGrigsonは言う。
参考文献 11. Badulescu, S. et al. Med https://doi.org/10.1016/j.medj.2025.100916 (2025).
Nature ダイジェスト Vol. 23 No. 3 DOI: 10.1038/ndigest.2026.260327
原文 Will blockbuster obesity drugs revolutionize addiction treatment? Nature (2025-12-04) | DOI: 10.1038/d41586-025-03911-x Elie Dolgin
