「服従の本質というのは、人が自分を別の人間の願望実行の道具として考えるようになり、したがって自分の行動に責任をとらなくていいと考えるようになる点にある。」 「服従の心理」S.ミルグラム著(河出文庫)より
いま私たちは、あの人が、自分をあの集団の願望実行の道具だと考えているらしいことを目撃している。
自分はあの集団に服従してさえいれば、その他は手段に過ぎない、嘘も裏切りも許されると思っている。
あの集団の目標が至上の価値である。あの人は個人の人間としての責任を放棄していることを目撃している。
日々の報道で確認できることは、あの人が、あの集団の操り人形であることだ。あの人はあの集団の指令を忠実に実行している限りは、生き延びていけると信じていること。そして、あの人が責任を感じているのは、あの集団との約束だけであって、国民との約束ではないこと。
さらにあの人は歴史への責任も世界への連帯も感じていないこと。
あの人はまったくの道具的存在なのだ。
そのような人に、人々は喜々として軽躁状態のうちに、投票したのである。
