Ⅰ 主権とアイデンティティの関係
1 主権とは何か(政治的定義)
近代国家論では、主権は
最終的に誰が決めるのか
という問いに対する答えです。
典型的には
- 国民
- 国家
- 人民
に帰属するとされます。
しかしこの帰属は単なる法技術ではありません。
それは「われわれとは誰か」という問いと直結します。
2 アイデンティティの政治的機能
近代国家は、
- 共通言語
- 共通歴史
- 共通記憶
を通じて「国民」を作り出します。
ここで重要なのは
国家がアイデンティティを前提にしているのではなく、
国家がアイデンティティを生成する
という点です。
3 想像の共同体
この構造を理論化したのが
ベネディクト・アンダーソンです。
彼は国家を
想像された共同体
と呼びました。
国家は「実体」ではなく、
物語と象徴を通じて心理的に構築される。
したがって、
主権は心理的承認なしには成立しない。
Ⅱ 国家は感情的装置か制度的装置か
答えは二者択一ではなく、
国家は制度でありながら、感情を組織化する装置
です。
1 制度的装置としての国家
国家は
- 法律
- 行政
- 軍事
- 税制
という制度的構造を持つ。
この側面では国家は合理的・技術的装置です。
2 感情的装置としての国家
しかし国家は同時に
- 愛国心
- 恐怖
- 誇り
- 被害意識
を動員します。
国家が崩れるとき、人々が感じるのは
行政サービスの喪失以上に、所属感の崩壊
です。
ここで国家は「心理的コンテナ」として機能します。
Ⅲ 主権の心理構造
主権とは単に
法的最終決定権
ではありません。
それは
自分たちが自分たちの運命を決めているという感覚
です。
この感覚が失われるとき、
- グローバル化への反発
- ポピュリズム
- 排外主義
が強まります。
主権は
自己決定感の集団版
とも言える。
Ⅳ グローバル時代の問題
現在の問題はここです。
経済は国境を越え、
決定は多国籍企業や国際機関に移る。
しかし心理は依然として国家単位。
このズレが
- 民主主義の空洞化
- ナショナリズムの回帰
を生む。
Ⅴ 核心的ジレンマ
国家は
- 制度的に分散可能
- しかし感情的には集中を要求
する。
つまり、
主権は分割できても、アイデンティティは簡単には分割できない。
ここに多層主権の最大の困難がある。
Ⅵ ではどうするか
三つの方向性があります。
1 ポスト国民的アイデンティティ
ユルゲン・ハーバーマスは
「憲法愛国主義」を提案しました。
民族ではなく、制度への忠誠。
しかしこれは感情的強度が弱い。
2 多重アイデンティティ
人は同時に
- 地域住民
- 国民
- 世界市民
でありうる。
しかし心理的負荷は高い。
3 主権の再定義
主権を
排他的支配
から
責任分担のネットワーク
へと転換する。
ここではアイデンティティも
固定的帰属
から
関係的帰属
へと変わる。
Ⅶ 哲学的結論
国家は
- 制度的には人工物
- 心理的には象徴的身体
である。
主権は
法的概念であると同時に、集団的自己感覚
である。
だからこそ単なる制度改革では足りない。
