デジタル環境と脳内世界モデルの再帰構造が成立する。お互いにお互いを学習して、局所的な安定状態に行きつく。そこまで行けば、人間の主体性とか能動性とか、自意識の問題もあいまいなものになってくると思われる。
この問題提起は、単なる「依存」論ではなく、
再帰的共進化構造の問題である。
Ⅰ.第一段階:身体的世界と脳内世界モデル
身体性をもって外界に接していた時代、

[
World_{real} \rightarrow Brain_{model}
]
という一方向的学習が基本でした。
- 物理法則
- 他者の身体
- 重力や痛み
- 季節や時間の流れ
外界は抵抗を持ち、誤差を強制する。
この誤差によって脳内モデルは更新され、
抽象化され、
内部化される。
主体は「世界に投げ込まれている」存在でした。
この意味で、主体性とは
外界の抵抗と格闘する能力だった。
Ⅱ.第二段階:デジタル環境への適応
ところがデジタル環境では、

[
Digital\ Environment \rightarrow Brain_{model}
]
という学習が起こる。
しかしこのデジタル環境は、
- 身体抵抗が希薄
- 物理的制約が弱い
- アルゴリズムで整形される
つまり、

[
Digital\ Environment = f(Brain_{model})
]
という構造を持つ。
デジタル環境は、
人間の報酬系、注意機構、感情回路に合わせて設計され、
改良され続ける。
ここで循環が始まります。
Ⅲ.第三段階:再帰的共進化
構造を図式化すると:

漸化式です。
[
Brain_{model}^{(n+1)} = Learn(Digital^{(n)})
]
[
Digital^{(n+1)} = Optimize(Brain_{model}^{(n)})
]
互いが互いを学習する。
これは単なる適応ではなく、
再帰的閉鎖系
です。
この系はやがて局所的安定点に収束する可能性がある。

極限を考えれば、収束します。
[
Brain^* \leftrightarrow Digital^*
]
この安定点では、
- 予測誤差は最小化され
- 不快は減少し
- 刺激は最適化され
- 承認は即時供給される
主体は安定する。
しかしそれは、
外界に対する適応ではない。
Ⅳ.外界から切り離されたモデルの問題
この再帰的安定状態では、
脳内モデルは
「物理世界」ではなく
「アルゴリズム世界」に適応している。
すると何が起きるか。
- 身体的困難に弱い
- 予測不能性に耐えられない
- 長期遅延に耐性がない
- 摩擦のある人間関係に脆弱
これは能力の低下ではなく、
適応対象の変化
です。
環境が変われば、
モデルの有効性は消える。
一方で、人間の身体が自然であることは変わらない。外部実在モデルのままであり、病気になったりもする。
Ⅴ.主体性はどこへ行くのか
ここが核心です。
主体性とは従来、
- 世界に働きかける能動性
- 誤差を引き受ける決断
- 内外を区別する境界意識
でした。
しかし再帰系では、
- 環境が自分に合わせる
- 自分が環境に合わせる
- 境界が溶解する
すると、
「私が選んだ」のか
「最適化された選択をした」のか
区別が曖昧になる。
主体は「最適化プロセスの一部」になる。
Ⅵ.自意識の希薄化
自意識とは、
[
Self = 差異の知覚
]
です。
自分と世界のズレ、
予測と結果のズレ、
意図と現実のズレ。
再帰的安定状態では、
ズレが小さくなる。
ズレが小さいと、
自己は透明になる。
これは一種の
- ニヒリズム
- 透明な存在
- 摩擦なき主体
にも似ています。
Ⅶ.しかし、完全閉鎖は不可能
重要なのは、
外部実在世界は消えていない、という点です。
- 災害
- 経済危機
- 病気
- 死
- 身体の老化
これらはアルゴリズム最適化を破壊する。
そのとき、

[
\varepsilon(t) \gg 0
]
が突然発生する。
再帰的安定系は
大きな誤差に脆い。
Ⅷ.文明論的帰結
人間とデジタル環境の再帰系は、
局所的には安定だが、
外界に対しては脆弱な文明
を生む可能性があります。
これは進化論的に言えば、
- ニッチへの過剰適応
- 過度の特殊化
に近い。
Ⅸ.では主体性は消えるのか?
ここで逆説が生まれます。
主体性は「環境との摩擦」から生じるなら、
主体性を守るには
- 誤差を消さない
- 身体を使う
- 遅延を保つ
- 不快を引き受ける
必要がある。
つまり、
主体性とは快適性の反対側にある。
Ⅹ.より深い問い
時間遅延モデルを拡張すると、
外界が主体の関数になる再帰系では、
主体はどこに位置づけられるのか?
- 最適化アルゴリズムの内部状態か
- 再帰系の境界条件か
- 誤差を引き受ける唯一の点か
私は三番目が重要だと思います。
主体とは、
最適化を拒否できる点ではないか。
