精神症状が生じるメカニズムを脳内の情報処理のタイミングから解釈する**「時間遅延モデル」について。人間は行動する際、現実の感覚フィードバック(A)と、脳内世界モデルによる予測シミュレーション(B)を照合しており、著者はこの二つの信号が到着する時間差が自己意識の根幹であると主張します。通常、予測が現実より先に届くことで「自分が動かしている」という能動感や自己所属感**が生まれますが、この順序が逆転して現実が先行すると、幻聴や「させられ体験」といった他律的な病態として知覚される仕組みが論理的に示されています。
時間遅延モデルは、脳内にある「脳内世界モデル」と現実世界からのフィードバックの到着時間の差によって、能動感(自分がやっている感覚)や自己所属感(自分のものだという感覚)、あるいはそれらが失われた精神症状を説明しようとする仮説です。
このモデルの主要なメカニズムと、それによって説明される感覚・症状について、詳説します。
1. 脳内処理の5段階プロセス
脳が行動を決定し、その結果を評価するプロセスは以下の5段階で繰り返されていると考えられています。
- シミュレーションと選択: 脳内世界モデルを用いて、最も望ましい結果が得られる運動をシミュレーションし、行動を選択する。
- 実行と信号の分岐: 選択した運動を実行する。この際、信号は「A. 外界へ向かう運動系」と「B. 脳内世界モデルへのシミュレーション刺激」の2つに同時に送られる。
- 結果の受信: 「A. 現実世界からの感覚情報」と「B. 脳内世界モデルからのシミュレーション結果」の2つを受け取る。
- 照合: AとBの結果を比較し、一致度を検証する。
- 訂正: 一致していなければ、脳内世界モデルを訂正・精緻化する。
2. 到着時間の差による「能動感」と「被動感」
著者の主張の核心は、脳の照合部位における信号Aと信号Bの到着時間の前後関係が、主観的な感覚を決定するという点にあります。
- 能動感(Sense of Agency): 脳内シミュレーションの結果(B)が現実の感覚(A)よりも先に到着する場合、「思い通りになった」という能動感が発生します。
- 被動感(させられ体験): 現実の感覚(A)がシミュレーション結果(B)よりも先に到着する場合、「させられた」という被動感が生じます。この時間差の程度によって、能動感や被動感の強さが変わるとされています。
3. 自己所属感と異常体験の分類
同様の原理で、その体験が「自分に属するものか」という自己所属感についても説明されています。
- 正常な状態: B(内部モデル)が先、A(現実)が後。これが自己所属感を生みます。
- 異常な状態: A(現実)が先、B(内部モデル)が後。
- 外部所属感: 幻聴などは、この時間的な逆転によって「他者に属するもの」として知覚されます。
- 自生思考: AとBが同時に到着する場合、自分の考えでありながら勝手に湧いてくるような感覚になります。
- 強迫性体験: 自己所属感は保たれているものの、能動性の制御に何らかの不全がある状態として位置づけられています。
総じて、このモデルは「脳内での予測(B)が現実(A)に先行する」という正常な時間秩序が崩れ、現実の入力が予測を追い越してしまうことが、させられ体験や幻聴といった多様な精神症状(思考吹入、思考奪取、感情吹入、対話型・命令型幻聴など)を生む要因であると示唆しています。
脳内世界モデルとは、脳の中に存在する「この世界をモデルとして縮小した」内部的なシミュレーターのことを指します。
ソースに基づき、このモデルの役割、機能、および「時間遅延モデル」における重要性について解説します。
1. 脳内世界モデルの主要な機能
脳内世界モデルには、大きく分けて2つの重要な役割があります。
- 脳内シミュレーション: 実際に外界へ働きかける前に、どのように動けば最も望ましい結果が得られるかを脳内で試行錯誤するために存在します。脳はこのモデルからの返答を評価して、最適な行動を選択します。
- 検証と訂正(精緻化): 感覚器を通じて得られた現実世界の情報をモデルに送り、モデルが現実と一致しているかを検証します。一致していなければモデルを書き換え、より精密なものへとアップデートしていきます。
2. 行動における5段階のプロセス
脳内世界モデルは、行動の実行から評価に至る以下のプロセスに組み込まれています。
- 選択: モデルを用いたシミュレーションの結果に基づき、行動を決定する。
- 分岐: 実行信号を「外界(運動系)」と「脳内世界モデル(シミュレーション刺激)」の両方に同時に送る。
- 受信: 「現実世界からの反応(A)」と「脳内世界モデルからの返答(B)」の両方を受け取る。
- 照合: AとBの結果を比較し、モデルの正確性を検証する。
- 訂正: 不一致があればモデルを修正する。
3. 「時間遅延モデル」における役割
著者が提唱する「時間遅延モデル」において、脳内世界モデルは主観的な感覚を決定する鍵となります。脳の照合部位において、「脳内世界モデルからの信号(B)」と「現実世界からの信号(A)」のどちらが先に到着するかが重要です。
- 正常な能動感: 脳内世界モデルによる予測(B)が、現実のフィードバック(A)よりも先に到着することで、「思い通りになった」という能動感や自己所属感が生まれます。
- 異常体験の発生: もし脳内世界モデルの反応が遅れ、現実の信号(A)が先に到着してしまうと、自分の行動や思考が「させられている」と感じる被動感や、幻聴のような外部所属感が生じるとされています。
このように、脳内世界モデルは単なる知識の蓄積ではなく、現実を先読みし、自己と他者を区別するための動的なシステムとして機能しています。
