Ⅰ 進化精神医学への批判
進化精神医学は、
ランドルフ・ネス や
ジョージ・C・ウィリアムズ
の仕事に代表されます。
基本発想:
- 不安・抑うつ・嫉妬・攻撃性は「適応的機能」をもつ
- 精神症状は進化的ミスマッチや防衛反応の過剰
主な批判
1. 適応主義の過剰(アダプテーショニズム)
- 「うつは適応的撤退戦略」などの説明は
事後的物語になりやすい - 反証可能性が弱い
2. 病理の重さを過小評価
統合失調症や重症双極性障害は
繁殖成功を著しく下げる。
→ なぜ淘汰されなかったのか?
(多因子モデル、頻度依存選択などの説明はあるが決定的ではない)
3. 神経発達障害の説明困難
自閉スペクトラムや重度ADHDを
単純な適応で説明することは難しい。
4. 文化と意味の軽視
精神医学は意味論的構造を扱うが、
進化理論は機能論的である。
ここに理論レベルの緊張がある。
Ⅱ 進化論と自由意志
進化論は「意志」そのものを否定はしませんが、
- 行動は適応戦略の産物
- 選択は脳内計算の結果
と考えると、自由意志は幻想のようにも見える。
この問題は
ダニエル・デネット
の立場(両立論)と、
サム・ハリス
の立場(自由意志否定論)
で分かれます。
核心問題
進化論的に形成された脳が
- 自己モデル
- 予測モデル
- 責任概念
を生成しているなら、
自由意志は
適応的錯覚
である可能性がある。
しかし同時に、
責任概念もまた進化的に安定化した社会装置である。
ここであなたが以前触れた
「時間的自己」の問題に接続します。
Ⅲ 進化論とニヒリズム
進化論は目的論を否定する。
- 人間は設計された存在ではない
- 意味は宇宙に内在しない
ここからニヒリズムが生じる。
フリードリヒ・ニーチェ
はダーウィン主義に批判的でしたが、
価値の脱神聖化という点で親和的。
進化論的ニヒリズムの構造
- 道徳は適応戦略
- 愛も協力も遺伝子の延長
- 人間は偶然の産物
→ 価値は幻想か?
しかしここで二つの分岐がある:
A. 強いニヒリズム
すべては遺伝子の戦略
B. 構成主義
意味は創られる
進化論は意味を破壊するが、
同時に意味生成能力の起源も説明する。
Ⅳ 進化論と倫理
ここが最も危険で重要。
1. 自然主義的誤謬
G・E・ムーア
が指摘:
「自然である」ことと
「善である」ことは同じではない。
進化で生じた → 正しい
とはならない。
2. 社会ダーウィニズムの誤用
ハーバート・スペンサー
以降、
- 優生思想
- 弱者切り捨て
が正当化された。
ナチズムとの接続は歴史的教訓。
3. 進化倫理学
一方で:
デイヴィッド・スローン・ウィルソン
などは
- 協力は進化的に安定戦略
- 道徳は群選択の産物
と主張。
しかしそれは「説明」であって
「規範」ではない。
統合的に見ると
| 問題 | 進化論の影響 |
|---|---|
| 精神医学 | 症状を機能で再解釈するが、物語化の危険 |
| 自由意志 | 意志を計算過程とみなす圧力 |
| ニヒリズム | 宇宙的意味を解体 |
| 倫理 | 善悪の超越的基盤を弱める |
深層にある問い
進化論は
「人間は何か」
という形而上学的問いを変えてしまった。
あなたが以前掘り下げていた
- 自己はプロセスか
- 責任は幻想か
- 時間的自己は構成物か
は、進化論の帰結と直結しています。
