医療者(とくに精神科・小児科・心療内科)に向けたエッセイ 子どもは、うつ病にならないのか



子どもは、うつ病にならないのか

——臨床感覚から考える、発達とうつの見え方

外来で、子どもを「うつ病」と診断しない理由

精神科外来に子どもが来院しても、
私たちはほとんどの場合、「うつ病」という診断名をつけない

不登校、腹痛、頭痛、易疲労感、気分の変動。
症状は確かにある。
しかし診断名としては、「適応障害」「身体症状症」「発達特性」「経過観察」といった言葉が選ばれる。

この事実は、長い間、私自身に小さな違和感を残してきた。
本当に、子どもはうつ病にならないのだろうか。


仮説A:脳が完成していないから、うつ病は起こらない?

まず思いつくのは、いわば正統的な説明である。

——脳がまだ完成していないから、うつ病は起こらない。

臨床的な印象としても、
統合失調症や双極性障害は20歳前後、
いわゆる典型的な大うつ病は30歳前後から増えてくる。

前頭前野と辺縁系の統合、
自己を時間軸上で把握する能力、
反芻や自己評価といった高次機能。
これらが十分に成熟して初めて、「うつ病」は成立する——
この考え(A説)は、神経発達的にも一理ある。

しかし、ここで一つ、素朴な疑問が残る。

それ以前の脳では、何も起きていないのだろうか。


仮説B:起きていても、「大人の言葉」で表現できないだけでは?

次に浮かんだのが、別の可能性である。

——子どもの脳の内部では、すでにうつ状態に近い変化が起きている。
——しかし、それを大人の言葉と概念で表現できない。

子どもは、
「抑うつ気分」
「興味・喜びの喪失」
「将来への絶望」
といった抽象的概念を、まだ自分のものとして扱えない。

その代わりに現れるのは、

  • 身体症状
  • 易刺激性
  • 行動の変化
  • 甘えや退行

つまり、うつは“言葉”ではなく、“身体と行動”として出てくる


臨床エピソード①:診断名のつかない腹痛

小学校低学年の男児。
主訴は「毎朝の腹痛」。内科的異常はなし。
母親は「学校が嫌なのでは」と言うが、本人は否定する。

外来での様子は一見元気で、
診察室ではよく話し、冗談も言う。

しかし、話をよく聴くと、

  • 夜になると元気がなくなる
  • 朝方に目が覚める
  • 食欲が落ちている
  • 「なんとなく疲れる」と言う

診断基準的には、うつ病とは言えない
期間も短く、気分の言語化も乏しい。

だが、これは本当に「うつではない」のか。
それとも、まだ“うつ病の言語”を持たないうつ状態なのか。


仮説C:回復が早すぎて、見えない

さらに考えを進めると、第三の仮説が浮かぶ。

——子どもは、うつになる。
——しかし、回復があまりにも早い

比喩で言えば、

  • アルミ缶
  • 軟式テニスボール
  • バスケットボール

同じ外力を加えたとき、変形と回復はまったく違う。

子どもの脳は、明らかに弾性が高い
神経可塑性が高く、睡眠も長い。

実際、臨床では、
「数日おかしかったが、週末に寝たら戻った」
「1週間ほど不調だったが、気づいたら元気」
という経過を、何度も目にする。

しかし、現在の診断基準では、
抑うつ症状は2週間以上持続しなければ診断されない

つまり、
存在しても、診断の枠に入る前に消えてしまう


臨床エピソード②:一晩で“治ってしまう”抑うつ

中学生の女子。
部活動と人間関係のストレスが重なり、
ある夕方、「消えてしまいたい」と母に漏らす。

翌日、外来受診。
本人はやや沈んでいるが、涙はなく、
「昨日は疲れてただけ」と話す。

診察後、数日で完全に回復。
医療者側としては、
「一過性の反応」
「思春期の揺らぎ」
と整理せざるを得ない。

だが、もしこれが30代で、
同じ言葉を同じ強度で語っていたら、
私たちは違う診断名を考えたはずである。


子どもの「元気さ」が作る錯覚

もう一つ、臨床的に重要な点がある。

子どもは、エネルギーが高い。

診察室で走り回り、
よく笑い、
話題が次々と変わる。

時に、軽躁状態に近いとすら感じる。
このエネルギーに触れると、
「うつ病なわけがない」と思ってしまう。

しかし、見方を変えれば、
回復力が高いから、元気に見えるとも言える。

沈み込む前に、浮かび上がってくる。
だから、底が見えない。


「子どもにうつ病はない」という常識の再考

かつて精神医学では、
「子どもにうつ病はない」
と考えられていた。

理由は明快だった。
子どもは、複雑な自己否定や将来悲観を行うほど、
認知的に成熟していない。

しかし、現在の神経科学は、
感情調節系やストレス系は、早期から十分に機能している
ことを示している。

つまり、

  • 子どもは、うつを「感じる」
  • しかし、うつを「語れない」
  • そして、うつを「保持できない」

その結果、
私たちの目には、うつ病として映らない。


医療者として、何を見落とさないか

この視点に立つと、
子どもの外来診療で問うべきなのは、

「診断基準を満たすか」
ではなく、

「この子の脳はいま、どれくらい変形しているのか」
「どれくらいの速さで戻っているのか」

なのかもしれない。

身体症状、睡眠、エネルギーの揺らぎ。
それらは、まだ言葉にならない抑うつの痕跡である可能性がある。


終わりに

子どもは、うつ病にならないのではない。
うつが、私たちの診断言語に乗らない形で現れ、
そして、あまりにも早く回復してしまう
のだ。

その事実を知ることは、
診断を増やすためではない。

見えない苦しさを、なかったことにしないためである。


タイトルとURLをコピーしました