3-2. 「自分」という物語はどこからやってくるのだろうか? ―― グレゴリー・ベイトソンと知性のつながり

第3章の2番目のテーマは、20世紀の知の巨人であり、風変わりな天才哲学者、グレゴリー・ベイトソン(Gregory Bateson)の思想に触れていきます。

デネットが「個人のスキル」としての自由を語ったのに対し、ベイトソンは「自分と世界とのつながり」の中に生まれる知性について、魔法のような視点を与えてくれます。


第3章:決められた世界で、どう「自由」になれるのだろうか? ―― 哲学の答え

3-2. 「自分」という物語はどこからやってくるのだろうか? ―― グレゴリー・ベイトソンと知性のつながり

Where Does the Story of the “Self” Come From? : Gregory Bateson and the Ecology of Mind

みなさんは、自分の「心」や「知性」はどこにあると思いますか? おそらく「頭の中、つまり脳にある」と答えるでしょう。

でも、人類学者であり、生物学者でもあったグレゴリー・ベイトソン(Gregory Bateson)は、全く違う答えを持っていました。彼は「心(Mind)は、頭の中だけに閉じ込められているのではない。自分と環境との『つながり』のループ全体にあるのだ」と考えたのです。これを彼は「精神の生態学(Ecology of Mind)」と呼びました。

盲人の杖は「自分」の一部か?

ベイトソンがよく使った有名な例え話があります。目が見えない人が、杖(つえ)を使って街を歩いている場面を想像してみてください。

  • その人にとって、「自分」と「外の世界」の境界線はどこにあるでしょうか?
  • 脳と手の間でしょうか? 手と杖の持ち手の間でしょうか? それとも、杖の先が地面にカツンと当たっている、その場所でしょうか?

ベイトソンに言わせれば、答えは「全部つながった回路(回路:Circuit)」です。情報が杖の先から手に伝わり、脳へ行き、また筋肉を動かして杖を振る……この情報のループが回っている限り、杖の先までが「その人の知性」の一部なのです。

知性とは「ダンス」のようなもの

ベイトソンにとって、知性とは「誰かが一人で持っている財産」ではありません。それは、自分と相手、あるいは自分と環境との間で踊られる「ダンス」のようなものです。

例えば、あなたが誰かとテニスをしているとします。

  1. 相手がボールを打つ(情報)。
  2. あなたはそれを見て、ラケットを振る(反応)。
  3. ボールが少しズレたら、あなたは次の瞬間に動きを微調整する(誤差修正)。

このとき、「テニスをしている知性」は、あなたの頭の中だけにありますか? 違いますよね。飛んでくるボール、相手の動き、ラケットのしなり、すべてが一体となって一つの「知性」として機能しています。

「学習」にもレベルがある?

ベイトソンは、エラーを修正する「学習」にはレベルがある、と考えました。これが有名な学習の階層理論(Logical Categories of Learning)です。

  • 学習Ⅰ(単純な修正): 間違えたら直す。例えば、英単語のスペルを間違えて、先生に直されて覚えるような、一対一の修正です。
  • 学習Ⅱ(学習の学習): 「間違いをどうやって見つけるか」という、修正のコツを覚えることです。「こうやって勉強すれば、効率よく間違いを直せるぞ」と気づく段階です。
  • 学習Ⅲ(自分自身の書き換え): 「自分はこういう人間だ」という思い込み(物語)そのものをエラーとして修正し、全く新しい自分に生まれ変わるような、深い変化のことです。

「自分」という物語のエラー修正

私たちは、つい「自分は頭が悪い」とか「自分は内気だ」といった「自分についての物語(アイデンティティ)」を固定的に考えてしまいがちです。

でも、ベイトソンの視点で見れば、それすらも「環境とのやり取りの中で作られた、仮の予測モデル」にすぎません。
もし「自分はダメだ」という思い込みが、あなたと世界のつながりを邪魔しているなら、それは大きな「エラー(ズレ)」です。そのエラーに気づき、つながりのパターン(The Pattern That Connects)を書き換えていくこと。

「自分」という物語は、自分一人で書く日記ではありません。世界というパートナーと対話し、間違いを直しながら一緒に編み上げていく、終わりのないストーリーなのです。

自由とは「つながり」を豊かにすること

デネットが「自由はスキルだ」と言ったとき、ベイトソンならこう付け加えるでしょう。「そのスキルは、自分と世界をどう繋ぐかという『関係の美しさ』の中に現れる」と。

知性が高まるということは、自分の殻に閉じこもることではありません。
盲人の杖のように、あるいはテニスのラリーのように、自分の外側にあるものとスムーズに情報をやり取りし、エラーを恐れずに修正し合いながら、より広い世界の一部になっていくこと。

「自分」という境界線を溶かして、大きなつながりの中でナビゲートをすること。ベイトソンは、そんな風に世界を眺めることの心地よさを、私たちに教えてくれています。


次は、第3章の3番目のテーマ、3-3. 「絶対的な壁」にぶつかったとき、人はどう生きればいいのだろうか? ―― カール・ヤスパースと限界状況 に進みます。

人生には、どうしても修正できないエラー、つまり「避けることのできない壁」があります。そんなとき、知性はどう機能するのでしょうか?

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