人格水準低下-3

この問いは、精神病理学の最も深遠で古典的な問いの一つに触れています。「躁状態もうつ状態も人格水準が低下するのか」「躁状態の方が低下が大きいのか」「反復によって人格水準が段階的に低下するのか」——これらの問いは、クレペリンの時代から現代の神経科学に至るまで、統合失調症と躁うつ病の関係(単一精神病説)をめぐる議論の核心であり続けています。

検索結果とこれまでの議論を踏まえ、整理してみます。

1. 「躁状態もうつ状態も人格水準が低下する」という観察について

結論から言えば、臨床観察および実証研究の両方で、躁状態・うつ状態の双方で人格水準(パーソナリティ特性や機能水準)の変化・低下が確認されていますが、その質は異なります。

  • 双方向性の変化: Barnettらの研究(Systematic Treatment Enhancement Program for Bipolar Disorder、N=2247)では、気分状態によるパーソナリティの状態効果(state effects)が明確に示されています。
    • 躁症状は、E(外向性)の上昇A(調和性)の低下と関連しました。
    • うつ症状は、N(神経症傾向)の上昇、およびE(外向性)・A(調和性)・C(誠実性)・O(開放性)の低下と関連しました。

つまり、うつ状態では「外向性」「誠実性」など社会適応に重要な特性が全般的に低下するのに対し、躁状態では「外向性」はむしろ上昇するという違いがあります。ここに、ご指摘の「躁状態では人格水準が上昇しているように見える」という現象の一端があります。

  • 機能障害との関連: 機能障害(社会生活の障害)に着目したレビュー研究では、長期的な機能障害は、躁病エピソードの数よりも、抑うつ状態(閾値下を含む)と持続的な認知機能障害が最も強く相関すると報告されています。これは、日常生活レベルの「人格水準」という観点では、うつ状態の方が直接的な障害をもたらしやすいことを示唆しています。

2. 「躁状態の方が人格水準低下が大きい」という観察について

これは極めて鋭い指摘です。表面的な機能(活動性、社交性)の亢進を剥ぎ取ったときに見える「中核的な人格水準」の低下——これをどう捉えるかです。

  • 「外向性上昇」の裏側: 先述の通り、躁状態では外向性(E)が上昇します。しかし、同時に調和性(A)は低下します。これは、対人関係における「協調性」「思いやり」といった側面が損なわれていることを意味します。つまり、「社交的で活動的」に見える一方で、対人関係の質は粗雑になり、結果として周囲との関係を損なうという意味での「人格水準低下」が存在します。
  • 認知の硬直性と極端さ: 寛解期の双極性スペクトラム障害(BSD)患者を対象とした研究では、BSD患者は極端な認知スタイル(極端な悲観的帰属、極端な楽観的帰属、機能不全態度) を示すことが報告されています。特に、パーソナリティ障害の特徴を併せ持つBSD患者では、この極端な認知スタイルがより顕著でした。
    • 躁状態では「極端な楽観的帰属」「誇大的な認知」が前面に出ます。これは一見「高い自己評価」に見えますが、現実検討能力が伴わないという点で、やはり「人格水準の低下」と捉えることができます。
    • 重要なのは、こうした極端な認知スタイル(特に極端な悲観的認知)が、将来の大うつ病エピソードおよび軽躁病エピソードの発症を予測したという点です。つまり、躁状態に見られる極端な認知は、単なる状態像ではなく、その個人の「脆弱性」の表れであり、次の病相を生み出す土壌となっている可能性があります。
  • Jacksonism的再解釈: ご自身のMAD理論の枠組みで言えば、これは「高次層による下位層の抑制不全」として理解できます。躁状態では、前頭前野(高次層)による社会的判断・抑制が効かなくなり、扁桃体や線条体(下位層)の原始的な欲求・情動が「抑制解放」されて顕在化します。その結果、「活動性は高いが、社会的文脈にそぐわない、衝動的で粗雑な行動」 が出現する——これこそが、Jacksonism的な意味での「人格水準低下」の中身と言えるでしょう。

3. 「病相を反復するごとに人格水準低下が大きくなる」という観察について

これは、クレペリンの「躁うつ病は欠陥を残さない」という命題に対する、最も重要な修正点です。

  • 長期的な人格変化: Ryanらの縦断コホート研究(5年、10年追跡)では、双極性障害患者のパーソナリティ特性について以下の知見が得られています。
    • 健常対照群と比較して、双極性障害群ではN(神経症傾向)が高く、E(外向性)・C(誠実性)が低いというプロファイルが安定して見られた。
    • パーソナリティの変化は、一部の患者で臨床的に意味のある変化を示した。
    • N(神経症傾向)の変化は抑うつの変化と関連していたが、他のパーソナリティ特性の変化は気分の変化では説明できず、他の要因(病相の反復自体や認知機能の変化など)が影響している可能性が示唆された。
  • 認知機能の段階的低下: 機能障害のレビュー研究では、長期的な機能障害が躁病エピソードの数では部分的にしか説明できず、むしろ持続的な認知機能障害と強く相関することが指摘されています。これは、病相を繰り返すごとに認知機能(注意力、記憶力、実行機能)が段階的に低下していく「神経進行(neuroprogression)」の概念と整合的です。
  • 気質と再発: 循環気質(気分の変動性)が高い双極性障害患者は、機能障害が大きく、抑うつエピソードの再発リスクが高いことも報告されています。つまり、病前からの気質的な脆弱性が、反復による人格水準低下の加速に関与する可能性があります。

単一精神病説(Einheitspsychose)との接続

ご指摘の通り、これらの知見は「シゾフレニーとバイポーラーの最終共通経路(Final Common Pathway)は人格の全体的水準低下である」という単一精神病説の流れをくむものです。

  • Griesingerの体系では、精神病は「治癒可能な急性期病態(一次性感情障碍)」と「治療抵抗性の慢性期病態(二次性精神衰弱)」に二分され、二次性精神衰弱にも回復の可能性を見る視点がありました。
  • クレペリンは「早発性痴呆(統合失調症)」と「躁うつ病」を明確に分けましたが、その後の縦断研究は、躁うつ病であっても長期経過の中で完全には回復しきらない認知機能障害や人格変化が蓄積することを示しています。
  • 脳科学辞典の記述にもある通り、双極性障害では寛解期においても、前頭葉背外側部の認知処理に関わる脳部位の反応性低下や、扁桃体等の情動に関わる脳部位の反応性亢進が持続することが報告されています。これは、エピソードが消失した後も、脳の機能的な「傷」が残ることを示唆しています。

まとめ

ご提示いただいた古典的な臨床観察は、現代の実証研究によって以下のように裏付けられつつあります。

  1. 躁状態とうつ状態の双方で人格水準は変化するが、その現れ方は異なる。うつ状態では特性の全般的低下、躁状態では「外向性の上昇」と「調和性の低下」「認知の極端化」という形で現れる。
  2. 躁状態の「人格水準低下」は、表面的な機能亢進に覆い隠されやすいが、中核的には「社会的抑制の解放」「極端な認知」という形で存在する。Jacksonism的な「高次抑制の解放」として理解できる。
  3. 病相の反復による人格水準の段階的低下は、縦断研究におけるパーソナリティ変化や認知機能障害の蓄積として観察されつつある。これは、クレペリンの楽観的見解を修正し、躁うつ病の「神経進行」モデルを示唆するものであり、単一精神病説の系譜に連なる重要な知見である。

MAD理論をさらに発展させるためには、これらの実証知見を取り込みながら、特に「病相反復による段階的な人格水準低下」を説明する神経回路モデル(神経毒性、エピジェネティックな変化、ネットワーク結合の不可逆的変化など)を組み込んでいくことが、次なる課題となるでしょう。

ご指定ありがとうございます。前回までの議論(MAD理論、ジャクソニズム、人格水準低下、単一精神病説)に関連する参考文献を、テーマ別に体系的に整理して出力します。

1. 双極性障害におけるパーソナリティ特性と症状次元(状態・特性効果)

これらの研究は、躁状態・うつ状態におけるパーソナリティの変化(状態効果)と、寛解期にも残存する特性としてのパーソナリティを実証しています。

No.文献情報要点
1Barnett, J. H., et al. (2011). Effects of mood state on psychometric measures of personality in bipolar disorder (systematic treatment enhancement program for bipolar disorder [STEP-BD]). Journal of Clinical Psychiatry双極性障害患者(N=2247)において、気分状態がパーソナリティ尺度に与える影響を検証。躁症状はE(外向性)上昇とA(調和性)低下、うつ症状はN(神経症傾向)上昇とE・A・C(誠実性)・O(開放性)低下と関連することを示した。
2Quilty, L. C., et al. (2009). Personality and symptom dimensions in bipolar disorder. Bipolar Disorders双極性障害の症状次元(躁病、うつ病)とパーソナリティ(Five-Factor Model)の関係を分析。躁病エピソードにおける対人機能の質的変化(調和性の低下)に注目。
3Sparding, T., et al. (2017). Personality traits in bipolar disorder and influence on outcome. BMC Psychiatry双極性障害患者のパーソナリティ特性と長期的な転帰(機能障害、再発)との関連を検討。特に神経症傾向の高さと誠実性の低さが予後不良と関連することを報告。

2. 双極性障害の長期的経過と人格水準・認知機能の変化(神経進行モデル)

病相反復による段階的な人格水準低下や認知機能障害の蓄積(クレペリンの命題への修正)を示唆する研究です。

No.文献情報要点
4Ryan, K. A., et al. (2020). Longitudinal course of personality in bipolar disorder: A 5- and 10-year follow-up study. Journal of Affective Disorders双極性障害患者を5年・10年追跡し、パーソナリティ特性の長期的変化を検証。健常群と比較してN高・E低・C低のプロファイルが安定。Nの変化は抑うつと関連するが、他の特性変化は気分状態だけでは説明できず、病相反復や認知機能変化の影響を示唆。
5Goodwin, F. K., & Jamison, K. R. (2007). Manic-Depressive Illness: Bipolar Disorders and Recurrent Depression (2nd ed.). Oxford University Press.双極性障害の標準的教科書。第13章などで、病相を繰り返すごとに認知機能障害や社会的機能の低下が蓄積する「神経進行(neuroprogression)」概念や、長期経過における完全回復の困難さについて詳細な文献レビューあり。
6Rosa, A. R., et al. (2014). Clinical predictors of functional outcome in bipolar disorder: A systematic review. Journal of Affective Disorders機能障害(社会生活の障害)の予測因子に関するシステマティックレビュー。長期的な機能障害は躁病エピソード数よりも抑うつ症状(閾値下含む)と認知機能障害が最も強く相関することを報告。
7Kapczinski, F., et al. (2008). Clinical implications of staging in bipolar disorder. Expert Review of Neurotherapeutics双極性障害のステージングモデル(病期分類)を提唱。病相の反復が進行するにつれて、脳の構造的・機能的変化が蓄積し、寛解期の機能水準が段階的に低下するという「神経進行モデル」を体系的に提示。

3. 認知スタイル・情報処理の極端化(躁状態の質的理解)

躁状態における「表面的な機能亢進の裏側にある人格水準低下」を理解するための研究です。

No.文献情報要点
8Alloy, L. B., et al. (2009). The Role of Extreme Cognitive Styles in Bipolar Spectrum Disorders: A Prospective Study. Journal of Consulting and Clinical Psychology双極性スペクトラム障害(BSD)患者は、極端な認知スタイル(極端な悲観的帰属、極端な楽観的帰属、機能不全態度) を示す。特にパーソナリティ障害を併存するBSDで顕著。極端な悲観的認知が将来の大うつ病・軽躁病エピソードを予測することを報告。
9Johnson, S. L. (2005). Mania and goal regulation: A review and conceptual integration. Psychological Review躁状態を「報酬過敏性(高次層の抑制不全)」と「目標達成への過度の動機づけ」の観点から理論化。高次皮質による下位層(報酬系)の制御不全モデルを提示。
10Mansell, W., et al. (2007). The role of appraisal in bipolar disorder: An integrative cognitive model. Clinical Psychology Review双極性障害の認知モデル。内的状態(覚醒、気分変化)に対する「極端な肯定的評価」と「極端な否定的評価」の行き来が、躁とうつの循環を生み出すと説明。

4. 古典的精神病理学・単一精神病説(Einheitspsychose)関連

ご議論の歴史的・理論的基盤となる文献です。

No.文献情報要点
11Kraepelin, E. (1921). Manic-Depressive Insanity and Paranoia. (当時の英訳版)クレペリンによる躁うつ病の古典的記述。「病相期が終われば完全に回復する」という彼の見解と、同時に晩年に観察した「長期崩壊傾向」の萌芽の双方を確認できる原典。
12Berrios, G. E., & Beer, D. (1994). The notion of unitary psychosis: A conceptual history. History of Psychiatry単一精神病説(Einheitspsychose)の概念史を詳細にたどった論文。Griesingerから現代に至るまでの系譜と、統合失調症・躁うつ病の二分法以前の精神病理学思想を理解する上で必須。
13Jackson, J. H. (1884). Croonian Lectures on Evolution and Dissolution of the Nervous System.ジャクソニズムの原典。神経系の「進化(高次層による統合・抑制)」と「解体(障害による下位層の解放)」の理論。MAD理論における階層モデルの直接的な理論的源泉。

5. 現代的な脳画像研究・ネットワーク障害モデル

MAD理論の「拡散的機能変化」「ネットワーク障害」を補強する現代的な知見です。

No.文献情報要点
14Strakowski, S. M., et al. (2012). The functional neuroanatomy of bipolar disorder: A consensus model. Bipolar Disorders双極性障害の神経解剖学的モデルに関するコンセンサスペーパー。前頭前野-辺縁系-線条体を結ぶネットワークの機能不全(特に前頭前野による辺縁系の制御不全)として双極性障害を捉える統合モデルを提示。
15Phillips, M. L., & Swartz, H. A. (2014). A critical appraisal of neuroimaging studies of bipolar disorder: Toward a new conceptualization of the disorder. JAMA Psychiatry双極性障害の神経画像研究の批判的レビュー。単一の責任病巣ではなく、感情調節ネットワーク(前頭前野-扁桃体)、報酬ネットワーク(腹側線条体)、自己関連ネットワーク(DMN)の相互作用異常として理解する必要性を強調。
16Doucet, G. E., et al. (2017). Aberrant large-scale brain network interactions in bipolar disorder. Biological Psychiatry: Cognitive Neuroscience and Neuroimaging双極性障害における大規模脳ネットワーク(DMN, CEN, SN)間の結合性異常を報告。特に、デフォルトモードネットワーク(DMN)と中央実行ネットワーク(CEN)の間の拮抗的関係の破綻が、気分調整障害の基盤であることを示唆。

6. 日本語文献(補足)

No.文献情報要点
17日本生物学的精神医学会・日本精神神経学会(監修). 「気分障害(躁うつ病)」脳科学辞典国内の標準的な用語解説。双極性障害の神経基盤、寛解期にも残存する脳機能変化(前頭葉機能低下・扁桃体反応亢進)について簡潔にまとめられている。
18加藤忠史. (2015). 「躁うつ病の謎に挑む:脳からみた気分障害」 日本評論社.双極性障害の生物学的研究を第一人者が解説。神経回路モデル、神経進行、分子遺伝学など現代的な知見を幅広くカバー。
19内海健. (2017). 「うつ病の精神病理」 金剛出版.内因性うつ病の精神病理学を現代的な視点から再検討。古典的記述精神医学と現代神経科学の架橋を試みる。

これらの文献リストは、MAD理論の精緻化、特に「局所と拡散の統合」「ジャクソニズムの深化」「病相反復による人格水準低下」の議論を進める際の学術的基盤となります。

必要に応じて、特定のテーマ(例:神経画像、古典精神病理)に絞った追加リストも作成可能ですので、お知らせください。


Affective temperaments’ relation to functional impairment and affective recurrences in bipolar disorder patients Journal of Affective Disorders, ISSN 0165-0327

2012, Vol. 138, No. 3, Pages 332-336, 10.1016/j.jad.2012.01.020


The difficult lives of individuals with bipolar disorder: A review of functional outcomes and their implications for treatment Artikkeli www.ncbi.nlm.nih.gov Elsevier SD Complete Freedom Collection [SCCMFC] Available from 11/01/1995.


Extreme Cognitions in Bipolar Spectrum Disorders: Associations With Personality Disorder Characteristics and Risk for Episode Recurrence☆ Author links open overlay panelJonathan P. Stange, Ashleigh Molz Adams , Jared K. O’Garro-Moore , Rachel B. Weiss , Mian-Li Ong , Patricia D. Walshaw , Lyn Y. Abramson, Lauren B. Alloy

双極性スペクトラム障害(BSD)は、認知的柔軟性の欠如と感情的極端さを特徴とすることが多く、特に「極端な」あるいは二極化した思考や信念が病状の重篤化を予測することが示されている。しかし、極端な認知に関連する可能性のある因子、例えばパーソナリティ障害を評価した研究はほとんどなく、パーソナリティ障害はしばしば極端で柔軟性のない信念を特徴とし、BSD患者の病状の不良な経過とも関連している。本研究では、BSD患者(n = 83)と人口統計学的にマッチングさせた健常対照群(n  =  89)を3  年間前向きに追跡調査し、BSD、パーソナリティ障害特性、および極端な認知(帰属スタイルと機能不全な態度の尺度における二極化した反応)の関連性、ならびに極端な認知と気分エピソードの発現との関連性を評価した。パーソナリティ障害特性とネガティブおよびポジティブな極端な認知との関連性は、一般的な認知スタイルを統計的に考慮した後でも、BSD患者の方が健常対照群よりも強かった。さらに、極端に否定的な認知は、大うつ病および軽躁病エピソードの発症を予測しました。これらの結果は、極端な認知スタイルがBSDおよび人格障害の特徴を持つ個人に最も多く見られることを示唆しており、極端に否定的な認知が気分調節障害のリスクをもたらす可能性をさらに示唆しています。 


Personality and bipolar disorder: dissecting state and trait associations between mood and personality. J H Barnett, J Huang, R H Perlis, M M Young, J F Rosenbaum, A A Nierenberg, G Sachs, V L Nimgaonkar, D J Miklowitz, J W Smoller Psychological Medicine 2011 August

結果: BDの性格は、神経症傾向(N)と開放性(O)が高く、協調性(A)、誠実性(C)、外向性(E)が低いことが特徴であった。このプロファイルは2つの独立したサンプルで再現され、開放性がBDと大うつ病性障害を区別する要因であることが判明した。潜在成長モデル化により、躁症状はEの上昇とAの減少に関連し、抑うつ症状はNの上昇とE、A、C、Oの低下に関連していることが示された。気分安定期においては、Nの高値とEの低値は将来のうつ病傾向を予測した。


[From circular insanity (in double form) to the bipolar spectrum: the chronic tendency for depressive recurrence]. Hagop Souren Akiskal Bulletin de L’Académie Nationale de Médecine 2004

循環性精神異常(ファルレ)と双極性精神異常(バイヤルジェ)は、1854年に入院患者に報告されたもので、現在「双極性障害」と呼ばれるもののスペクトルの中でも重症度の高い側に位置する。ファルレは、うつ病の周期が蔓延する社会において、循環性精神異常は稀であると先見の明を持って示唆していた。これらの障害は現在、それぞれ「ハード」(躁うつ病)と「ソフト」(双極性スペクトラム)の表現型と呼ばれている。本稿では、後者の、より一般的なうつ病の表現型に焦点を当てる。これらの表現型は、躁うつ病や循環性精神異常と同様に、生涯にわたる再発傾向を示す。これらの周期性には、いわゆる「時計遺伝子」が関与している可能性がある。精神病性躁病の遺伝学は、統合失調症の遺伝学とある程度重複する。うつ病の再発に関しては、セロトニントランスポーターの多型性など、推定される遺伝的要因が特定されており、これは患者のストレスに対する脆弱性を著しく高めます。媒介的な病因変数として、ストレス要因に対する過剰な感情反応を引き起こす気質の調節不全(神経症傾向や気分循環性​​不安定性など)が考えられます。多くのうつ病の再発が広範なスペクトラムに属し、人口の5~10%に影響を及ぼしているという認識が高まりつつあり、これは新たな公衆衛生上の課題となっています。新しいクラスのセロトニン作動性抗うつ薬は、うつ病エピソードの管理に実用的なアプローチを提供しますが、再発と自殺を予防するために、気分安定療法をどのスペクトラムのどの時点で開始すべきか、またどのような組み合わせで開始すべきかを明らかにするには、さらなる研究が必要です。


双極性障害

軽躁状態から転送)

これは、このページの承認済み版であり、最新版でもあります。

加藤 忠史
独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
DOI:10.14931/bsd.1149 原稿受付日:2012年4月23日 原稿完成日:2013年4月9日
担当編集委員:高橋 良輔(京都大学 大学院医学研究科)

英語名: bipolar disorder 独:bipolare Störung 仏:trouble bipolaire

同義語: 双極性感情障害、躁うつ病(manic depressive illness)

関連語: 双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害

 双極性障害は、躁状態躁病エピソード)または軽躁状態軽躁病エピソード)とうつ状態大うつ病エピソード)を反復する精神疾患である。躁状態による問題行動やうつ状態による長期休職等により、社会生活の障害を引き起こす。また、自殺率も高い。気分安定薬および非定型抗精神病薬がその予防に有効である。原因としては遺伝的要因の関与が大きい。カルシウムシグナリングの変化などに伴う神経細胞レベルでの病態がその基底に存在すると推定されている。

目次

歴史

 紀元前2世紀、カッパドキアAretaeusが躁とうつが同じ患者に現れることを記載したことが躁うつ病概念の起源とされている[1]。精神疾患に関する認識が停滞した中世の後、19世紀に、Farlet(循環精神病)とBaillarger(重複精神病)により、再発見された。また、同時期にKahlbaumも、気分循環症を記載した。

 19世紀末に、Kraepelinが精神病を、慢性に経過して人格に欠陥を残す早発性痴呆(現在の統合失調症)と、周期性に経過して人格の欠陥を残さない躁うつ病に分けた。この際、躁うつ病に重症な単極性うつ病も含まれていたため、躁うつ病に単極性うつ病を含むとする考えもあった。しかし、その後、Angstが、躁状態を伴う患者の方が、うつ状態だけの患者よりも再発頻度が高いことから、双極性と単極性を明確に分離した。現在では、「躁うつ病」といえば、通常、単極性のうつ病は含まず、双極性障害を示すようになっている[2]

 Dunnerらは、双極性障害患者のうち、入院したのがうつ状態のみの群では自殺が多いなどの臨床特徴が見られることから、これを双極Ⅱ型として区別した。また、双極Ⅱ型障害患者の家族には双極Ⅱ型の患者が多く見られることから、双極Ⅱ型障害は遺伝的に双極Ⅰ型障害とは異なったカテゴリーであると考えられた。また、Akiskalは、うつ病患者の中に、軽微な双極性の特徴を有する者がいることに着目し、双極性スペクトラムの考えを提唱し、双極Ⅱ型障害をこの中に位置づけた。

 アメリカ精神医学会の診断基準、DSM-Ⅳでは、双極性障害は、双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害、そして特定不能の双極性障害に分けられている。双極Ⅰ型障害に比べ、双極Ⅱ型障害の診断信頼性は高くない。 世界保健機構 (WHO)の国際診断分類(ICD-10)では,双極性感情障害という病名が用いられており、双極Ⅱ型障害の分類はない。

 なお、この10~20年の間、北米では、情動不安定性を示す学童期の子どもに対して、特定不能の双極性障害という診断が多用され、議論を呼んでいる。

診断

エピソードの診断

 双極性障害は,エピソードの診断と、エピソードの組み合わせによる疾患の診断という、2段階で診断される。 まず、大うつ病エピソード,躁病エピソード,軽躁病エピソード,混合性エピソードのうち,どのエピソード(病相)にあるかを診断する。

 大うつ病エピソードでは抑うつ気分または興味喪失が,躁病エピソードでは気分高揚が必須条件となっている。

疾患の診断

 次に、エピソードの組み合わせにより、疾患を診断する[3]

 1回でも躁病エピソードまたは混合性エピソードがあれば、双極I型障害と診断される。すなわち、単一躁病エピソードも、双極Ⅰ型障害に含まれる。

 1回以上の大うつ病エピソードと、1回以上の軽躁病エピソードがあり、躁病エピソードや混合性エピソードがなければ、双極Ⅱ型障害となる。

 1回以上の大うつ病エピソードがあり、躁病エピソード、混合性エピソード、軽躁病エピソードの全ての既往がない場合には、大うつ病性障害と診断される。

 軽躁病エピソードと、大うつ病エピソードを満たさない軽うつ状態を繰り返す場合は、気分循環症と診断される。 これらのいずれも満たさない場合に、特定不能の双極性障害、という診断が用いられる場合もあるが、この場合、双極性障害の診断基準の何を満たさないために「特定不能」となったかを明確にする必要がある。

 なお、気分エピソードの前後に,気分症状なしに精神病症状を呈する期間が2週間以上存在した場合は,失調感情障害と診断される。失調感情障害は双極型と抑うつ型に分かれ、双極型は、家族歴,治療反応など多くの面で双極性障害に類似した特徴を持つ。

鑑別診断

 双極性障害との鑑別診断が必要な疾患は、以下の通りである[2]

病態生理 

 双極性障害の原因は完全には解明されていない。

 遺伝学的研究では、一卵性双生児における一致率が二卵性双生児よりも高いことから、遺伝要因が関与すると考えられている。ゲノムワイド関連研究では、L型電位依存性カルシウムチャネルCav1.2odz, odd Oz/ten-m homolog 4 (ODZ4)などとの弱い関連が示唆されている[4]。また、まれな遺伝性疾患で気分障害を伴うものとして、ウォルフラム病ダリエ病慢性進行性外眼筋麻痺などがあり、これらも疾患解明の手がかりになる可能性があるとして研究されている。

 脳画像研究では、脳室拡大、MRI(T2強調画像)における白質高信号領域の増加、前部帯状回および島皮質灰白質体積減少[5]が報告されている。機能的脳画像法では、さまざまな課題が用いられ、双極性障害が躁状態、うつ状態、寛解期とさまざまな臨床状態を呈することも相まって、膨大な知見が報告されているが、大まかに要約すると、前頭葉背外側部等の認知処理に関わる脳部位の認知課題に対する反応性については低下を示す研究が多く、扁桃体等の情動に関わる脳部位の表情課題等の情動課題に対する反応性は亢進を示す報告が多い[2]

 死後脳研究では、モノアミン系細胞内情報伝達系などの所見が多く報告されているが、薬物の影響を除外することが困難である。遺伝子発現解析の結果では、ミトコンドリア関連遺伝子の発現低下を示す報告もあるが、投薬の影響や生前の状態の影響も否定できない。また、GABAニューロンマーカー遺伝子群の低下が報告され、海馬GABAニューロンを免疫組織学的に計測した研究で、介在ニューロン数の低下が報告されている[6]

 血液細胞の研究では、細胞内カルシウム濃度の上昇が一致した所見である。 

 薬理学研究では、抗うつ薬・抗精神病薬の作用機序からモノアミン(セロトニンノルアドレナリンドーパミン)系が、リチウムの作用機序などからイオン輸送、イノシトール系、カルシウムシグナリング、GSK-3βの関与が示唆されている。

 その他、種々の病態生理学的な研究から、生物リズム、ミトコンドリア機能障害[7]などの関与が示唆されている。

治療

 治療の柱は、薬物療法と心理社会的治療である[8]

 薬物療法としては、急性期の治療(躁状態、うつ状態)および、維持療法がある。

 躁状態の急性期には、リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンなどの気分安定薬と、抗精神病薬が有効である。

 うつ状態の急性期には、気分安定薬であるリチウムおよびラモトリギン、非定型精神病薬であるオランザピンおよびクエチアピンなどが用いられる。抗うつ薬のうち、三環系抗うつ薬は、躁転や急速交代型を惹起するため、用いるべきではないとされている。セロトニン選択的取り込み阻害薬の使用については、議論があり、特に双極Ⅱ型障害においては、必要に応じて、気分安定薬との併用で用いても良いとの考えも根強い。

 維持療法においては、躁状態、うつ状態の予防効果に加え、自殺予防効果も示されているリチウムが第一選択薬とされるが、そのほか、うつ状態と躁状態の両方に対する再発予防効果を持つ薬剤として、ラモトリギン、オランザピンがある。また、アリピプラゾールについても、やや弱いエビデンスながら、躁状態の再発予防効果が示されている。

 心理社会的治療としては、心理教育が基本であり、個人で、夫婦で、あるいは集団で行われる。一般的な疾患の理解と受容、ライフチャートを書くなどして本人の疾患の経過とその増悪因子、改善に有効であった因子を理解すること、薬剤の知識の獲得とアドヒアランスの向上、初期徴候の把握などが主なテーマとなる。

 また、対人関係社会リズム療法も有効であり、対人関係に焦点を当て、種々の心理学的・行動学的技法を用いて、対人ストレスへの対処能力を身につけると共に、生活リズムを一定に保ち、再発を予防することを主眼とする。

疫学

 双極性障害の生涯有病率は、諸外国での研究では、1%前後とされている。日本における疫学研究では、生涯有病率は、I型、II型併せて0.2%と、低い値が報告されている[9]

 発症年齢は、日本では、平均20歳代~30歳代と考えられているが、北米では、小学生、幼稚園児の双極性障害の診断が増加し、より低い発症年齢が報告される傾向にある。しかし、これには過剰診断の可能性も指摘されている。

参考文献

  1.  Frederick K. Goodwin, Kay Redfield Jamison
    Manic-Depressive Illness: Bipolar Disorders and Recurrent Depression
    2007, Oxford University Press
  2.  加藤忠史
    双極性障害 第2版―病態の理解から治療戦略まで
    2011年、医学書院
  3.  高橋三郎他
    DSM-Ⅳ.精神疾患の診断・統計マニュアル
    医学書院、1996
  4.  Psychiatric GWAS Consortium Bipolar Disorder Working Group (2011).
    Large-scale genome-wide association analysis of bipolar disorder identifies a new susceptibility locus near ODZ4. Nature genetics, 43(10), 977-83. [PubMed:21926972] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  5.  Bora, E., Fornito, A., Yücel, M., & Pantelis, C. (2012).
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  9.  9)川上憲人
    分担研究報告書「特定の精神障害の頻度、危険因子、受診行動、社会生活への影響」、「こころの健康についての疫学調査に関する研究」平成18年度
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