スー・ジョンソンの情動焦点化療法(EFT)
1. 理論的基盤:愛着理論との結合
EFTの核心は、ジョン・ボウルビィの愛着理論を成人のカップル・家族関係に適用したことにあります。
愛着理論の基本前提
人間は生涯を通じて、安全な情緒的絆(Secure Bond) を持つ特定の他者を必要とします。これは幼児期だけの話ではありません。
「大人も、嵐のときに港を必要としている。その港こそが愛着対象である」 — スー・ジョンソン
愛着対象(パートナー)に対して、人は根源的な問いを常に抱えています:
- 「あなたはそこにいてくれますか?(Are you there for me?)」
- 「あなたは私に応答してくれますか?(Are you responsive to me?)」
- 「私はあなたにとって大切ですか?(Do I matter to you?)」
この問いへの答えが「NO」と感じられるとき、人は深い**愛着の不安(Attachment Injury)**を経験し、それがカップル間の問題行動として表れます。
2. ネガティブ・サイクル:問題の正体
EFTが最初に焦点を当てるのは、カップルが繰り返す硬直した相互作用のパターンです。これを**「ネガティブ・サイクル」(Negative Cycle / The Dance)**と呼びます。
最も典型的なパターン:「追求—引き下がり(Pursuer-Withdrawer)」
具体例:ケンジとアキコの場合
アキコ(妻)は夫の帰宅が遅いと、夕食中に何度も同じことを訴えます。
「また遅かったね。私のことなんてどうでもいいんでしょ。子どもたちだって寂しがってる。あなたはいつもそう!」
ケンジ(夫)は黙り込み、食事を終えるとすぐに書斎へ消えます。
アキコはさらに激しく訴える → ケンジはさらに引き下がる → アキコはさらに…
表面上は「責める妻」と「冷たい夫」に見えます。しかしEFTはここで根本的に異なる問いを立てます:
「この行動の下に、どんな感情が隠れているのか?」
| 表面の感情・行動 | 深層の愛着感情 |
|---|---|
| アキコの怒り・批判・追求 | 「私は彼にとって大切じゃない」という孤独と恐怖 |
| ケンジの沈黙・回避・引き下がり | 「何をしても彼女を傷つける。自分はダメな夫だ」という無力感と恥 |
二人は実は同じものを求めている——「あなたにとって私は大切な存在ですか?」という確認。しかし、その求め方が互いを傷つけ合うパターンになってしまっているのです。
3. EFTの3段階・9ステップ
第1段階:サイクルの脱安定化(ステップ1〜4)
目標: ネガティブ・サイクルを特定し、問題は「相手」ではなく「このダンス」であることを認識する
ステップ1:同盟の形成とアセスメント
セラピストはどちらかの味方をしません。二人に寄り添いながら、関係全体を把握します。
セラピスト:「お二人が繰り返すパターンがあるようですね。アキコさんが求め、ケンジさんが引いていく…そのダンスが、お二人をどれほど消耗させているか、感じます」
ステップ2〜4:感情の同定と深化、ネガティブ・サイクルの外在化
ナラティブ療法の「外在化」に似た動きをします。問題は「悪いパートナー」ではなく、「このサイクル」だと名付けます。
セラピスト:「このサイクル——アキコさんが追い、ケンジさんが引いていくこの動き——これがお二人の本当の敵ですね。このサイクルに名前をつけるとしたら?」
アキコ:「…『すれ違いの嵐』かな」
セラピスト:「その『すれ違いの嵐』が来るたびに、二人は傷ついてきたんですね」
第2段階:相互作用パターンの変化(ステップ5〜7)
目標: 深層の愛着感情にアクセスし、それをパートナーに伝える
これがEFTの中核であり、最も繊細な段階です。
ステップ5:深層感情へのアクセス(RISSSC技法)
セラピストはRISSSC(Reflect・Images・Simple・Slow・Soft・Client’s words)という関わり方で、表面の感情の下にある一次感情(Primary Emotion)を丁寧に引き出します。
セラピスト:(ゆっくりと)「アキコさん、ケンジさんが黙って書斎に行ってしまうとき…身体の中で何が起きますか?」
アキコ:「怒りが…(沈黙)」
セラピスト:「怒りの下に…何かありますか?」
アキコ:(涙ぐみながら)「…すごく、怖いんです。このまま、見えない壁ができていって、私たちが壊れてしまうんじゃないかって」
セラピスト:「その怖さ……一人で抱えてきたんですね。彼が遠くなるたびに」
一次感情(Primary Emotion)と二次感情(Secondary Emotion)の区別
| 種類 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 二次感情(表面) | 防衛のために生じる感情。相手に見せている顔 | 怒り・批判・冷淡さ・論理的態度 |
| 一次感情(深層) | 愛着に関わる根源的感情 | 孤独・恐怖・悲しみ・恥・切望 |
EFTは、二次感情の下にある一次感情にアクセスし、それを相手に届けることを目指します。
ステップ6〜7:引き下がる側の関与と追求する側の柔軟化
引き下がっていたケンジが、自分の深層感情を語り始めます:
セラピスト:「ケンジさん、今アキコさんが『怖い』と言っているのを聞いて、何を感じましたか?」
ケンジ:(長い沈黙)「…驚いています。私はてっきり、彼女は私に失望して、怒っているだけだと思っていた」
セラピスト:「失望……それはケンジさんにとってどういう意味ですか?」
ケンジ:「私がいてもいなくても同じ、という感じがして…黙るしかなかった。何を言っても余計に傷つけると思って」
セラピスト:「傷つけたくなかった。だから黙った。その孤独を、アキコさんに伝えられますか?」
第3段階:強化と統合(ステップ8〜9)
目標: 新しいポジティブなサイクルを定着させ、日常生活に統合する
愛着の傷の修復(Attachment Injury Resolution)
関係における決定的な傷つき体験——「子どもの入院のとき、あなたはいなかった」「流産したとき、慰めてもくれなかった」——がある場合、EFTはそれを丁寧に扱います。
アキコ:「5年前、私が手術したとき、あなたは仕事を選んだ。あの瞬間から、信じられなくなった」
ケンジ:(震える声で)「…ずっと後悔してた。あのとき、君がどれほど怖かったか。傍にいられなくて、本当に申し訳なかった」
アキコ:(泣きながら)「…怖かったよ。一人で怖かった」
(ケンジがアキコの手を握る)
このような**修復の瞬間(Corrective Emotional Experience)**が、新しい愛着の記憶として刻まれていきます。
4. EFTの特徴的な技法まとめ
🔁 エンパシック・リフレクション(共感的反映)
セラピストが感情を言語化・深化させます:
「その怒りの下に、深い孤独があるようですね」
🎭 エナクトメント(再演)
二人にセッション内でリアルタイムにやりとりさせます:
「今ここで、ケンジさんに直接、その怖さを伝えてみてもらえますか?」
これにより、頭ではなく感情レベルでの新しい体験が起きます。
🪑 空の椅子(応用)
相手が感情的にアクセス困難な場合、椅子に「理想のパートナー」や「過去の自分」を想像し、語りかける技法も用いられます。
5. EFTが目指す「安全な避難所と安全な基地」
EFTが最終的に目指すのは、カップルが互いにとっての:
- 「安全な避難所(Safe Haven)」——傷ついたとき、疲れたとき、帰れる場所
- 「安全な基地(Secure Base)」——そこから世界に踏み出す勇気を与えてくれる場所
になることです。
6. ナラティブ療法との比較
| ナラティブ療法 | EFT | |
|---|---|---|
| 中心概念 | 物語・意味 | 愛着・感情 |
| 変化の鍵 | 物語の再著述 | 感情体験の変容 |
| 問題の所在 | 問題で飽和した物語 | ネガティブな相互作用サイクル |
| セラピストの姿勢 | 好奇心ある共著者 | 感情のプロセス・ガイド |
| 重視するもの | 言語・ナラティブ | 感情・身体感覚 |
まとめ
表面の感情(怒り・冷淡・批判)
↓ EFTが掘り下げる
深層の愛着感情(孤独・恐怖・切望)
↓ パートナーに届ける
修復の瞬間(Corrective Emotional Experience)
↓ 繰り返すことで
新しいポジティブ・サイクル
「あなたはここにいる。私はあなたに大切にされている」
↓
安全な愛着の絆(Secure Bond)
EFTの核心にあるのは、「感情は問題ではなく、解決への入り口である」 という信念です。怒りも涙も、よく見れば「あなたが必要だ」というメッセージ——。その声を二人が互いに聴き合えるようになるとき、ネガティブ・サイクルは終わりを迎えます。
