ナラティブ療法:具体例で理解する
1. 基本的な世界観:「物語」が現実をつくる
私たちは出来事をそのまま経験しているのではなく、物語として意味づけすることで現実を理解しています。
例: 同じ出来事——「会議で発言できなかった」——でも、
- 「私は無能な人間だ」という物語で解釈する人
- 「今日はたまたま準備が足りなかった」という物語で解釈する人
では、その後の行動も感情も全く変わってきます。
問題を抱える家族は、こうした**「問題で飽和した物語(problem-saturated story)」**に支配されており、それ以外の解釈の可能性が見えなくなっている状態です。
2. 外在化(Externalisation):問題を「自分の外」に置く
ナラティブ療法の最も核心的な技法です。
❌ 内在化された語り方(問題のある状態)
「うちの子は問題児です」
「私はダメな親だ」
「この家族は機能不全だ」
このような語り方では、人=問題となるため、変化の余地がなくなります。家族は互いを責め合い、防御的になり、団結できません。
✅ 外在化された語り方(治療的な状態)
「『かんしゃく』がケンジくんを困らせている」
「『心配』がお母さんを追い詰めている」
「『嘘をつかせる習慣』が家族の間に割り込んでいる」
問題に固有名詞や擬人化を与えることで、「問題」と「人」が分離されます。
3. 具体的なセッションの流れ
ケース例:8歳の子どもの「かんしゃく」で疲弊した家族
【ステップ1】外在化した問いかけ
セラピストは「ケンジくんは問題がありますね」とは言わず、こう問います:
「『かんしゃく』はいつごろからケンジくんのそばにいるようになりましたか?」
「『かんしゃく』はどんなときに一番力を持ちますか?」
「『かんしゃく』はケンジくんの生活に何をしていますか?」
この問いかけにより、子どもも親も「かんしゃくを持つ悪い子」ではなく、「かんしゃくという問題に悩まされている家族」という視点に移行します。
【ステップ2】問題の影響を地図化する
「『かんしゃく』が来ると、ケンジくんはどうなる?お父さんは?家族の関係は?」
問題が家族全体に与えている影響を丁寧に描き出すことで、家族は共通の「敵」を持つ仲間として団結し始めます。
【ステップ3】ユニークな結果(Unique Outcomes)を探す
これが非常に重要なポイントです。セラピストは「問題で飽和した物語」の例外を積極的に探します:
「『かんしゃく』が来そうなのに、来なかったことはありましたか?」
「ケンジくんが『かんしゃく』に負けなかった瞬間を教えてください」
お母さんが「そういえば先週、弟に邪魔されても怒らなかった…」と気づきます。
【ステップ4】オルタナティブ・ストーリーの構築
そのわずかな例外を素材に、別の物語を一緒に書き始めます:
「その瞬間、ケンジくんのどんな力が働いていたのでしょう?」
「そういう力を持つ子を、どんな名前で呼びたいですか?」
ケンジくん自身が「ぼくには『がまん侍』がいる」と言うかもしれません。この「がまん侍」こそが、新しい自己物語の核となります。
4. 多物語性:人生には複数の物語がある
「問題で飽和した物語」は、全体のほんの一側面にすぎません。
例: 摂食障害を抱える10代の女性
| 問題で飽和した物語 | 抑圧されていた物語 |
|---|---|
| 「私は食べ物のコントロールができない弱い人間だ」 | 「友人の悩みをいつも丁寧に聞いている思いやりのある人」 |
| 「身体への執着しかない」 | 「絵を描くことに没頭できる集中力がある」 |
セラピストは、前者を「否定」するのではなく、後者の物語を同じくらいリアルなものとして丁寧に育てていきます。
5. 手紙と証人:物語を社会的に定着させる
ナラティブ療法では、セラピストがセッション後に治療的な手紙を書くことがあります。
「今日のセッションで、あなたが『不安』に支配されそうになりながらも、発表をやり遂げた瞬間のことが印象的でした。あの瞬間のあなたを、私は○○と名付けたいと思います…」
また**「証人」(Outsider Witness)**と呼ばれる実践では、本人の新しい物語を第三者(信頼できる人々)に聞いてもらう場を設けます。物語が他者に語られ、認められることで、より強固なアイデンティティとして定着するのです。
まとめ
問題で飽和した物語
「私=問題」
↓ 外在化
問題と人の分離
「私≠問題。問題は外にある」
↓ ユニークな結果の発見
例外の物語
「問題に負けなかった瞬間がある」
↓ 再著述(re-authoring)
オルタナティブ・ストーリー
「私は○○な人間だ」という新たなアイデンティティ
ナラティブ療法の根底には、「人は問題ではない。問題が問題なのだ(The person is not the problem; the problem is the problem)」 というマイケル・ホワイトの言葉が流れています。人を「治す」のではなく、人がすでに持っている別の物語を掘り起こし、書き直すことを支援するアプローチです。
