第7章 闘いの反対「Pure O(OCD)」

第7章 闘いの反対

前章では、融合した思考にラベルを付けるという第一のスキルを学んだ。それは思考と自己の間にスペースを作り出し、警報と火事を区別するための第一歩だった。しかし、ラベリングを実践しても、私たちは依然として思考と闘おうとする衝動に駆られる。思考を消し去ろうとし、制御しようとし、追い払おうとする。そしてその闘いこそが、私たちを苦しめているのだ。

本章では、第二のスキル――「闘いを手放す」ことについて探っていく。これは一見すると逆説的に聞こえるかもしれない。闘いを手放すことが、どうして問題の解決につながるのか?しかしこの逆説こそが、OCDからの回復において最も重要な真実の一つなのである。

闘争のパラドックス

あなたが今、深い沼に足を取られていると想像してみてほしい。もがけばもがくほど、あなたは沈んでいく。水しぶきを上げて腕を振り回せば振り回すほど、泥はあなたを深く飲み込んでいく。しかし、もしあなたがもがくのをやめ、体をリラックスさせ、仰向けに浮かぶことができれば――泥沼であっても、あなたは沈むのを止めることができるかもしれない。

思考との闘いもこれと同じだ。私たちは不安な思考から逃れようともがけばもがくほど、その思考に深く絡め取られていく。思考を押しのけようとすればするほど、思考はより強力に押し返してくる。思考を消し去ろうとすればするほど、思考はより鮮明に浮かび上がる。これが「闘争のパラドックス」である。

ソフィーを考えてみよう。彼女は「両親を愛していないかもしれない」という思考と必死に闘っている。その思考を打ち消そうとして、両親に電話をかけ、「愛しています」と繰り返す。しかしその努力が、かえってその思考を強化する。なぜなら彼女の行動は、「この思考は危険で、闘わなければならないものだ」というメッセージを脳に送り続けているからだ。彼女の闘いは、闘う対象をより強力にしているのである。

制御の幻想

私たちは思考を制御できると思い込んでいる。しかし実際には、私たちは思考を直接制御することはできない。あなたは今、「絶対にピンクのゾウを考えてはいけない」と言われたら、おそらくピンクのゾウを考えてしまうだろう。思考の抑制は、かえってその思考を活性化させる。これは心理学的に証明された事実である。

では、私たちは思考に対してまったく無力なのだろうか?そうではない。私たちは思考を「制御」することはできないが、思考との「関係」を変えることはできる。そしてその関係を変える鍵が、闘いを手放すことにある。

ルーは「いつか息子が離れる」という思考を制御しようとしている。しかし彼はその思考を直接消すことができない。彼ができるのは、その思考が浮かんだときに、どのように対応するかを選ぶことだけだ。闘うことを選ぶのか、それとも手放すことを選ぶのか。その選択が、彼の苦しみの度合いを決める。

闘いの反対とは何か

では、闘いの反対とは何だろうか?それは降参でも諦めでもない。それは「投降(surrender)」つまり抵抗をやめることだ。闘いの反対は、思考に対して「来るなら来い」と許可を与えることである。それは「この思考があってもいい」「この思考と一緒にいてもいい」という姿勢だ。

これは決して諦めではない。むしろ、より賢明な戦略である。あなたは敵(思考)と戦うのをやめ、その存在を認める。すると不思議なことに、敵はその力を失っていく。なぜなら、思考の力の多くは、あなたがそれに抵抗することで生まれているからだ。

アンソニーが「老人の鼻水」という思考に対して闘いを手放すとしたら、彼はその思考を追い払おうとする代わりに、「この思考が今ここに存在している」と認める。彼は思考を嫌悪し続けるかもしれないが、それと闘うことをやめる。そしてその瞬間、思考は彼を縛る力を失い始める。

デフュージョンというアプローチ

ACTでは、この闘いを手放すプロセスを「デフュージョン(脱フュージョン)」と呼ぶ。デフュージョンとは、文字通り思考が「デフュージョン(脱融合)」していくこと、つまりこびりつきが解けていくことである。あなたは思考とフュージョンするのではなく、思考から距離を取る。あなたは思考と闘うのではなく、思考をただそこに存在させる。

デフュージョンの一つの方法は、思考を「ただの言葉」として扱うことだ。例えば、不安な思考が浮かんだら、その言葉をゆっくりと繰り返してみる。「鼻水……鼻水……鼻水……」と。するとどうなるか?その言葉は次第に意味を失い、ただの音の連なりになる。これも一種のデフュージョンのテクニックである。

もう一つの方法は、思考に「ありがとう、心」と感謝することだ。「ありがとう、心。また警告をくれて。でも今は大丈夫だよ」と。これは思考を敵として扱うのではなく、過保護な警報システムとして扱う態度である。

闘いを手放すことの怖さ

ここで正直に認めよう。闘いを手放すことは怖い。なぜなら、あなたは長い間、闘うことがあなたを守ってくれると思ってきたからだ。「もし闘うのをやめたら、思考に飲み込まれてしまうのではないか」「もし警戒を解いたら、最悪の事態が現実になるのではないか」――これらの恐れは理解できる。

しかしここで思い出してほしい。あなたがこれまで闘ってきたことは、実際にあなたを守ってきただろうか?ソフィーの闘いは彼女を安心させたか?ルーの闘いは彼をより良い父親にしたか?アンソニーの闘いは彼を汚染から守ったか?おそらく答えは「いいえ」だ。彼らの闘いは、むしろ彼らをより苦しめてきた。

闘いを手放すことは、あなたを無防備にするのではなく、むしろあなたを自由にする。あなたは思考の囚人ではなく、思考を観察する自由な存在になるのだ。

実践:闘いを手放すエクササイズ

本章の実践的なエクササイズは、闘いを手放す感覚を体験するためのものだ。

  1. まず、あなたを悩ませている一つの思考を思い浮かべる。 それがあなたに不安や恐怖を引き起こすものであるほど、このエクササイズは効果的だ。
  2. その思考が浮かんだとき、あなたは通常どのように反応するかを観察する。 押しのけようとするか?議論しようとするか?回避しようとするか?その「闘い」のパターンに気づく。
  3. 次に、意図的にその闘いをやめてみる。 思考を押しのけようとせず、ただそこに存在させる。抵抗せず、ただ観察する。
  4. 「この思考があってもいい」と心の中で言ってみる。 「この思考がここにあっても、私は大丈夫だ」と。これは思考を「好きになる」ことではなく、ただ「許可する」ことだ。
  5. その思考を、まるで川を流れる葉っぱのようにイメージする。 あなたは川岸に立ち、葉っぱ(思考)が流れていくのを見ている。あなたは葉っぱを掴もうとせず、ただそれが流れていくのを許している。
  6. このプロセスを繰り返す。 同じ思考が何度も浮かんでも構わない。そのたびに、闘わずに観察する練習をする。

手放すことがもたらすもの

闘いを手放すことを練習すると、あなたは徐々に思考との関係が変わっていくのを感じるだろう。思考が浮かんでも、以前のようなパニックや恐怖を感じなくなる。思考が来るのを「許可」することで、あなたはその思考に支配されなくなるのだ。

これは思考が完全に消えることを意味しない。むしろ、あなたの態度が変わるのだ。あなたは思考の支配下にあるのではなく、思考と共存しながらも、自分の人生を自分の選択で生きられるようになる。それが、闘いを手放すことがもたらす本当の自由である。

次の章では、第三のスキルである「受容」について探っていく。闘いを手放した先にあるもの――それは単なる受動的な諦めではなく、能動的な「傾き」のプロセスである。思考を、感情を、そして現実を、あるがままに受け入れることの力を明らかにしていこう。


タイトル「闘いの反対」から、闘い(struggle)の反対は何かを探求し、それが受容や投降(surrender)のようなものではなく、むしろ「手放す」ことであることを示す。制御のパラドックス、思考を押しのけようとすればするほど強くなるという逆説を説明し、そこから「闘わない」という選択へ導く内容になる。

『招かれざるパーティーの客(The Unwanted Party Guest)』:ACTの比喩
ご提示いただいた動画(『招かれざるパーティーの客(The Unwanted Party Guest)』/アクセプタンス&コミットメント・セラピー:ACTの比喩)の音声の日本語訳です。動画の流れに沿って文字に書き起こしました。ある日、友達をみ…
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