温存的精神療法を取り巻く現実条件 目次


温存的精神療法を取り巻く現実条件 目次


序章 なぜ、いま「回復」を疑うのか

――日本社会における不安・沈黙・支援の風景

【要旨】 精神科の診察室には、社会の沈黙が流れ込んでくる。本書はその沈黙を解きほぐすことから始まる。「回復」という言葉が当然のように用いられる時代に、回復を疑うことがなぜ必要なのか。下部構造(経済・政治・社会構造)と上部構造(精神療法文化)という二重の分析軸を提示し、全体の問いを立てる。


第Ⅰ部 下部構造としての危機――現代日本という「症例」

第1章 新自由主義日本という「症例」

――資本の論理と生活世界の疲弊

【要旨】 現代日本を一つの社会的「症例」として描き出す総論章。新自由主義・少子化・インフレ・軍事化・医療費抑制を、個別政策の問題ではなく、資本主義の成熟段階において日本社会を覆う一つの構造的力学として整理する。臨床家の目で社会を診察するとはどういうことか、その方法論も示す。


第2章 金融化される不安

――円安・債券安・トリプル安と国家の自己防衛

【要旨】 国民の不安がいかにして金融の論理に回収されるかを分析する。円安・株安・債券安「トリプル安」の危機構造を、世界金融資本主義の文脈で読む。国家が有効な手を打てない理由を明らかにしつつ、「不安の商品化」が人々の実感的な苦しさをいかに不可視化するかを描く。


第3章 なぜ危機は「怒り」にならないのか

――超自我化する国家とアパシーの社会心理

【要旨】 経済危機・生活苦が、怒りや抗議運動ではなく、無力感と諦念として表出される日本社会の特性を問う。「恥の文化」「同調圧力」「自己責任論の内面化」という三つの鍵概念を用い、攻撃性が内向きに転化するメカニズムを、臨床心理の比喩を交えながら平易に解説する。


第Ⅱ部 国家と心の臨床――精神病理としての現代社会

第4章 超自我化する国家

――フロイト的視点から見た統治と自己責任論

【要旨】 フロイトの「超自我」概念を用い、国家の統治様式が人々の内面にどのように侵入するかを描く。「自己責任」「努力不足」という言葉は外からの命令ではなく、内面化された声として人を縛る。現代日本の政治的無気力が、神経症的抑圧と類似した構造を持つことを明らかにする。


第5章 社会的抑うつとパニック

――臨床の比喩としての現代日本

【要旨】 個人の精神症状が社会全体のレベルで繰り返されていることを示す章。慢性的な抑うつ(低空飛行の無気力)と突発的なパニック(コロナ、インフレ、安全保障不安)の交替が、社会の集合的情動構造として読める。臨床の目を社会に向けるとき何が見えるかを、具体例で丁寧に解説する。


第6章 医療・福祉という最後の緩衝材

――なぜここにすべてが押し寄せるのか

【要旨】 政治・経済が解決できない矛盾が、個人の症状へと転化されて診察室に流れ込んでくる構造を描く。社会的な失敗が「病気」として医療化され、臨床現場が沈黙のうちに引き受けさせられるメカニズムを明らかにする。医師・福祉職が感じる漠然とした重さの正体とは何かを問う。


第Ⅲ部 回復モデルの光と影

第7章 回復モデルとは何だったのか

――反体制的思想としての出発点

【要旨】 「リカバリー(回復)」の思想は、精神科病院への強制収容に抵抗するための反体制的理念として生まれた。当事者運動・脱施設化・自己決定権という三つの流れを丁寧にたどり、回復モデルが持っていた本来の批判的な輝きを再確認する。その誕生の文脈を知ることが、後の検討の前提となる。


第8章 回復が義務になるとき

――希望・自己決定・前向きさの超自我化

【要旨】 解放の思想として生まれた回復モデルが、いつの間にか「回復しなければならない」という新たな規範へと変質する過程を追う。「希望を持て」「前向きに」「自分で決めろ」というメッセージが、支援の言葉でありながら同時に圧力として機能する逆説を分析する。良心的な支援者ほど陥りやすいこの罠を検討する。


第9章 「回復しないという生き方」の倫理

――治らないこと、変われないことをめぐって

【要旨】 回復しないことが、敗北でも怠慢でもなく、一つの生き方として成立しうることを論じる。病と共に生き続けること、改善ではなく持続を目指すことの倫理的な重みを、具体的な臨床事例の雰囲気とともに描く。「治らない患者」への社会と医療の視線を問い直す重要な章。


第Ⅳ部 支援の政治性と臨床家の疲弊

第10章 支援が制度に回収される瞬間

――善意が管理に変わるとき

【要旨】 個人の善意から始まった支援活動が、制度の論理に取り込まれ、効率化・数値化・標準化されていく過程を描く。ケアが管理に変質するとき、支援者の「優しさ」は何のために存在するのかという問いが浮かぶ。制度と現場の裂け目にある倫理的緊張を、実例を交えて考察する。


第11章 なぜ専門職は沈黙するのか

――倫理的引き裂かれと燃え尽き

【要旨】 医師・看護師・社会福祉士ほど、政治的発言を控え、制度に適応しやすい理由を構造的に分析する。「中立性」「専門性」「感情的距離」という専門職規範が、社会への批判的発言を抑制する機能を持つことを示す。臨床家の燃え尽きが、単なる個人の消耗ではなく、構造的矛盾の帰結であることを論じる。


第12章 回復モデル以後の支援思想

――改善から関係へ、目標から持続へ

【要旨】 回復を否定するのではなく「救い直す」ための支援思想を展開する章。「温存的精神療法」の視点から、病を急いで消去しようとするのではなく、患者の自然な回復プロセスを守り抜くことの意義を論じる。目標達成型の支援から、関係性の持続を基軸にした支援への転換を提案する。


終章 それでも臨床を続ける理由

――優しさが政治になるとき、席を立たないという選択

【要旨】 解決できない問題の前で、臨床家はなぜ席を立たないのか。優しさとケアが私的な感情ではなく政治的実践である理由を論じ、本書全体を静かに閉じる。制度に回収されない支援、怒りに転化しない連帯の可能性を示す。臨床という行為が持つ、小さくて確かな倫理的意味を問い直す。


あとがき 希望ではなく、責任としての支援

【要旨】 希望は義務でない。しかし責任はある。本書を書いた動機と、著者自身が診察室で感じ続けてきた問いを、私的な言葉で綴る。読者への問いかけとしても機能する、論の余韻を残す締め括り。


整理の方針について

前半目次(5部15章)→ 4部12章+序章・終章へ統合した理由を簡単に記します。

前半第Ⅲ部・Ⅳ部・Ⅴ部の6章分は、「回復モデルの批判」と「臨床家の疲弊」という二つの主題が重複しながら分散していました。これを第Ⅲ部3章(回復モデル論)と第Ⅳ部3章(支援の政治性)に再編し、論の流れを「下部構造の分析→社会病理の記述→精神療法文化の批判的検討→臨床倫理の再構築」という一本の筋に整えました。また後半目次にあった「なぜ優しさが政治になるのか」という問いは、各章に散在させるより終章の核心命題として据えた方が、全体の着地として力を持つと判断しました。「温存的精神療法」は第12章で正面から展開できる位置に確保しています。

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