エビデンスに基づく実践(Evidence-Based Practice)の意味
1. 定義と背景
エビデンスに基づく実践(evidence-based practice; EBP)とは、心理療法の実践において、利用可能な最良の研究上の証拠を臨床的判断と統合することを指す。APA(米国心理学会)大統領特別委員会(2006)はこれを「心理学におけるエビデンスに基づく実践」として定式化し、最良の研究上の証拠・臨床的専門性・患者の特性・文化・好みの統合と定義している。
認知療法はその発展の当初から実証的基盤を重視しており、エビデンスに基づく実践の考え方とその理念を共有している。認知療法が急速に普及した主要な理由の一つは、その理論的枠組みと臨床的有効性に対する強力な実証的支持にあると言える。
2. 認知療法の理論的基盤に対するエビデンス
認知療法の理論的定式化は多数の実証研究によって支持されている。うつ病に関連する理論的定式化は100を超える実証研究によって裏付けられている。また、うつ病における認知トライアド(cognitive triad)、特定の障害に対する認知特異性(cognitive specificity)の概念、認知処理、絶望感と自殺との関係といった主要な概念についても強力な実証的支持が得られている(Beck & Weishaar, 2019)。
3. アウトカム研究によるエビデンス
認知療法の有効性は多数のアウトカム研究によって実証されている。研究の対象となった障害・問題領域は広範にわたる。
うつ病については特に豊富な証拠がある。DeRubeis et al.(2005)は、中等度から重度のうつ病の治療において認知療法が薬物療法と同等の効果を持つことを示した。またHollon et al.(2005)は、認知療法が中等度から重度のうつ病において薬物療法と比較して再発防止において優れた効果を持つことを示している。さらに複数のメタ分析がうつ病患者に対する認知療法の効果を支持している(Gloaguen et al., 1998; Wampold et al., 2002)。
不安障害については、全般性不安障害・パニック障害・社会恐怖・PTSDに対する有効性が実証されている(Butler et al., 1991; Clark et al., 1992; Gillespie et al., 2002)。パニック障害に対するメタ分析も肯定的な結果を示している(Gould, Otto, & Pollack, 1995)。
摂食障害については、神経性過食症に対する認知療法の有効性を示す比較研究が複数存在する(Fairburn et al., 1991; Garner et al., 1993)。また、入院後治療における神経性無食欲症への応用も研究されている(Pike et al., 2003)。
その他にも、強迫性障害(Freeston et al., 1997)・心気症・薬物乱用(Woody et al., 1983)・統合失調症(Grant et al., 2011; Zimmerman et al., 2005)・双極性障害・境界性パーソナリティ障害・自殺行動(Brown et al., 2005; Ellis & Newman, 1996)など、幅広い障害に対するエビデンスが蓄積されている。
認知行動療法全体のエビデンスについては、複数のメタ分析のレビューが全般的な有効性を支持している(Butler et al., 2006; Hofmann et al., 2012)。
4. 実践への一般化可能性
ランダム化比較試験(RCT)によるエビデンスが実際の臨床実践にどこまで一般化できるかも検討されている。Persons, Bostrom, & Bertagnolli(1999)は、うつ病に対するRCTの結果が私的診療実践にも一般化できることを示し、Stirman et al.(2005)はRCT文献が非無作為化された患者にも一般化できる可能性を論じている。これらの研究は、実験的条件のもとで得られたエビデンスが実際の臨床場面でも適用可能であることを示唆する。
5. 認知療法とEBPの関係
認知療法は当初から理論と実践の双方において実証的な検証を重視してきた。治療者は患者の信念を検証可能な仮説として扱い、行動実験を通じて実証的に検討するという姿勢を臨床場面で実践する。これはEBPの考え方と一致しており、科学的知見を個々の患者への臨床的応用に統合するという方向性において両者は同一線上にある。
また、認知療法が習得しやすい(readily teachable)特性を持つことも、EBPの普及において重要な意味を持つ。様々な治療方略と技法が詳細に記述・定義されており、通常1年間のトレーニングで治療者として一定水準の能力を習得できるとされている。これにより、実証的支持を受けた治療法が広く実践に普及しやすくなる。
さらに、コスト抑制の時代において短期的アプローチである認知療法は第三者支払者にとっても患者にとってもますます魅力的なものとなっており、その実証的有効性はEBPの観点から一層注目される。
6. 今後の課題
EBPの観点から見ると、認知療法はその有効性に関する証拠を今後も継続的に積み重ねることが求められる。認知療法がその可能性を十分に実現できるかどうかを検証するため、そのプロセスと有効性に関する実証研究が今後も行われることが期待される(Beck & Weishaar, 2019)。
小括
エビデンスに基づく実践とは、最良の研究上の証拠・臨床的専門性・患者の特性を統合した心理療法の実践様式である。認知療法はその理論的基盤・診断特異的な認知プロファイル・多様な障害に対するアウトカム研究・実践への一般化可能性において豊富な実証的支持を有しており、EBPの代表的なアプローチの一つとして位置づけられる。
主要文献
APA Presidential Task Force on Evidence-Based Practice. (2006). Evidence-based practice in psychology. American Psychologist, 61, 271–285.
Brown, G. K., Ten Have, T., Henriques, G. R., Xie, S. X., Hollander, J. E., & Beck, A. T. (2005). Cognitive therapy for the prevention of suicide attempts: A randomized controlled trial. Journal of the American Medical Association, 294(5), 563–570.
Butler, A. C., Chapman, J. E., Forman, E. M., & Beck, A. T. (2006). The empirical status of cognitive-behavioral therapy: A review of meta-analyses. Clinical Psychology Review, 26, 17–31.
DeRubeis, R. J., et al. (2005). Cognitive therapy vs. medication in the treatment of moderate to severe depression. Archives of General Psychiatry, 62, 409–416.
Hofmann, S. G., Asnaani, A., Vonk, I. J. J., Sawyer, A. T., & Fang, M. A. (2012). The efficacy of cognitive behavior therapy: A review of meta-analyses. Cognitive Therapy and Research, 36(5), 427–440.
Hollon, S. D., et al. (2005). Prevention of relapse following cognitive therapy vs. medication in moderate to severe depression. Archives of General Psychiatry, 62, 417–422.
Persons, J. B., Bostrom, A., & Bertagnolli, A. (1999). Results of randomized controlled trials of cognitive therapy for depression generalize to private practice. Cognitive Therapy and Research, 23, 535–548.
