認知療法における心理的苦悩の原因 CBT


認知療法における心理的苦悩の原因

1. 多要因的な因果論

認知療法は、心理的苦悩に単一の「原因」があるとは考えない。うつ病を例にとれば、遺伝的感受性、持続的な神経化学的異常を引き起こす疾患、特定の認知的脆弱性につながる発達上のトラウマ、適切な対処スキルを与えない不十分な個人的経験、非現実的な目標・思い込み・命令的思考といった非生産的な認知パターンが素因として挙げられる。さらに、身体疾患・急性の強いストレス・慢性的ストレスも発症要因となる。このように心理的苦悩は、先天的・生物学的・発達的・環境的要因が相互に作用した結果として生じる(Beck & Weishaar, 2019)。


2. 認知的脆弱性とスキーマの形成

個人が持つ独自の脆弱性と感受性は、認知的脆弱性(cognitive vulnerability)と呼ばれ、パーソナリティ構造と密接に関連している。パーソナリティは気質と認知スキーマによって形成される。

認知スキーマ(cognitive schema)は個人の根本的な信念と仮定を含む構造であり、幼少期の個人的体験や重要な他者との同一化を通じて発達する。これらのスキーマはその後の学習経験によって強化され、信念・価値観・態度の形成に影響する。スキーマは適応的なものも機能不全的なものも存在し、通常は潜在しているが、特定のストレッサーや状況によって活性化される。活性化されたスキーマは情報処理に偏りをもたらし、心理的苦悩を生じさせる。


3. パーソナリティ次元と抑うつへの脆弱性

Beck, Epstein, & Harrison(1983)の研究は、うつ病およびその他の障害に関連する二つの主要なパーソナリティ次元を明らかにした。

一つは**社会的依存性(社会依存性; sociotropy)であり、親密さ・養育・依存を中心に組織化される。この次元が高い人は、対人関係の破綻によってうつ状態になりやすい。もう一つは自律性(autonomy)**であり、独立・目標設定・自己決定・自己に課した義務を中心に組織化される。この次元が高い人は、敗北や目標の未達成によってうつ状態になりやすい。なお、「純粋な」社会依存性・自律性のケースも存在するが、多くの人は状況に応じて両方の特徴を示す。つまりこれらは固定されたパーソナリティ構造ではなく、行動スタイルと捉えられている。


4. 偏った情報処理とモードの活性化

個人が自分の重大な利益を脅かすと状況を知覚したとき、その知覚・解釈は高度に選択的・自己中心的・硬直的なものとなる。その結果、正常な認知活動が機能的に損なわれ、独自の思考を止める・集中する・思い出す・推論するといった能力が低下する。現実検討や包括的な概念化の精緻化を可能にする修正機能も弱まる(Beck & Weishaar, 2019)。

各障害には固有の情報処理の偏りがある。うつ病では自己・経験・未来への否定的な見方、不安障害では危険テーマへの選択的な解釈の偏り、パラノイア状態では他者からの迫害や干渉への無差別な帰属、躁状態では個人的利得の誇張的解釈がそれぞれ認められる。


5. 自動思考と認知の歪み

スキーマが活性化されると、状況によって自動的に生じる自動思考(automatic thoughts)が誘発される。自動思考はその時点では本人にとってもっともらしく高い顕著性を持ち、検討されることなく信用される。ここに認知の歪み(cognitive distortions)が現れ、苦悩を維持・悪化させる(Beck, 1967)。

主な認知の歪みには、恣意的推論・選択的抽象化・過剰般化・拡大と縮小・個人化・二分法的思考がある。これらの誤りが系統的に推論に影響することで、偏った現実認識が生じ、心理的苦悩が持続する。


6. 心理病理の連続性と誇張・持続化

認知療法は、心理病理の現象は正常な感情反応と同一の連続線上にあるが、誇張された形で持続的に現れると考える。例えばうつ病における悲しみや興味の喪失は正常な感情の延長線上にあるが、それが強化され長期化したものであり、躁状態における自己顕示への過度な投資や、不安における脆弱性と危険の極端な感覚もこれと同様に理解される(Beck & Weishaar, 2019)。

人々が生化学的な疾患への素因を持っていたとしても、特定のストレッサーに反応するのはあくまでその学習歴によるものであり、認知療法は生物学的決定論には還元されない統合的な因果モデルを採用している。


7. 小括

以上をまとめると、認知療法における心理的苦悩の原因は、①幼少期から形成された機能不全的スキーマと認知的脆弱性、②個人のパーソナリティ次元(社会依存性・自律性)と特定のストレッサーの相互作用、③活性化されたスキーマがもたらす偏った情報処理と認知の歪み、④これらが生物学的・発達的・環境的要因と複合的に作用すること、の四点に整理できる。心理的苦悩は単一の原因に還元されるものではなく、多層的・相互作用的なプロセスの産物として理解される。


主要文献

Beck, A. T. (1967). Depression: Clinical, experimental, and theoretical aspects. New York: Hoeber.

Beck, A. T., Davis, D. D., & Freeman, A. (Eds.). (2014). Cognitive therapy of personality disorders (3rd ed.). New York: Guilford Press.

Beck, A. T., Epstein, N., & Harrison, R. (1983). Cognitions, attitudes and personality dimensions in depression. British Journal of Cognitive Psychotherapy, 1(1), 1–16.

Beck, A. T., Rush, A. J., Shaw, B. F., & Emery, G. (1979). Cognitive therapy of depression. New York: Guilford Press.

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