認知療法の基本概念
1. 情報処理とスキーマ
認知療法の理論的中核は、情報処理の重要性にある。人間の適応的な生存には、環境から情報を取り込み、統合し、行動計画を立てる機能が不可欠である。この処理に関わる構造がスキーマ(schema)であり、認知・行動・感情・動機づけの各システムに存在する。認知スキーマには、自己や他者に対する認知、目標・期待・記憶・空想・過去の学習が含まれ、情報処理を大きく規定する(Beck & Weishaar, 2019)。
スキーマは通常は潜在しているが、特定のストレスや状況によって活性化される。パーソナリティ障害では、このスキーマが容易かつ頻繁に活性化され、様々な状況に対して紋切り型の過剰反応を示すようになる。
2. 認知的脆弱性とモード
各個人は独自の脆弱性と感受性を持ち、これが心理的苦悩への素因となる。これを認知的脆弱性(cognitive vulnerability)と呼ぶ。例えば、ちょっとした喪失を大きな剥奪と捉える信念を持つ人は、些細な損失にも破局的な反応を示しやすい。
近年の認知療法の理論的発展として、すべてのシステムがモード(mode)として協働するという考え方がある。モードとは、認知・感情・動機づけ・行動のスキーマが網状に結合したネットワークであり、パーソナリティを構成し、状況を解釈する。不安モードのような原初的モード(primal mode)は普遍的で生存と結びついており、誤知覚や過剰反応によって引き起こされると、日常生活において不適応的に機能する。
3. 認知の歪み(Cognitive Distortions)
心理的苦悩の際に現れる系統的な推論の誤りを認知の歪みと呼ぶ(Beck, 1967)。主なものを以下に示す。
- 恣意的推論(arbitrary inference):支持する証拠がないにもかかわらず、あるいは反証があるにもかかわらず特定の結論を下すこと。
- 選択的抽象化(selective abstraction):文脈から切り離した一部の情報だけをもとに状況を概念化し、他の情報を無視すること。
- 過剰般化(overgeneralization):一つまたは少数の孤立した出来事から一般的なルールを導き、無関係な状況にまで広く適用すること。
- 拡大・縮小(magnification and minimization):物事の重要性を実際よりも著しく大きく、あるいは小さく評価すること。
- 個人化(personalization):因果関係を示す証拠がないにもかかわらず、外的な出来事を自分のせいにすること。
- 二分法的思考(dichotomous thinking):経験を完全な成功か完全な失敗かという二つの極端なカテゴリーに分類すること。
4. 認知モデル:うつ病と不安障害
うつ病は認知トライアド(cognitive triad)によって特徴づけられる(Beck, 1967)。すなわち、自己・世界・未来に対する否定的な見方であり、自己は無能・見捨てられた・無価値な存在として、世界は快楽のない場所として、未来は絶望的なものとして認知される。この絶望感は自殺念慮につながることがある。
不安障害は、正常な生存機構の過剰機能または機能不全として概念化される。不安を持つ人の危険認知は、誤った思い込みに基づいていたり誇張されていたりする。また、安全を示す手がかりや否定的証拠を認識することが難しく、危険の可能性を最大化し、自分の対処能力を最小化する傾向がある。
5. 自動思考・中間信念・コア信念の階層
認知変容は複数の水準で起こる。
- 自動思考(automatic thoughts):状況によって自然に生じる考えで、出来事と感情・行動反応の間に介在する。当人には疑いなく信じられるが、しばしば認知の歪みを含む。
- 中間信念・前提(underlying assumptions):自動思考を生成する深層の仮定であり、知覚を方向づけ、出来事に意味を与える。比較的安定しており、意識に上りにくい。
- コア信念(core beliefs):認知スキーマに含まれる絶対的な信念であり、スキーマ療法では早期不適応的スキーマ(early maladaptive schemas; EMSs)と呼ばれる(Young et al., 2003)。これを変容できれば、将来の苦悩への脆弱性が低下する。
6. 治療の方略:協同的実証主義と導かれた発見
認知療法の主要な方略として、協同的実証主義(collaborative empiricism)と導かれた発見(guided discovery)がある(Padesky, 1993)。
協同的実証主義では、患者を実践的な科学者として捉え、信念を検証可能な仮説として扱い、行動実験や論理的検討を通じて治療者と共同で探索する。治療者は患者の視点を理解するために質問をするが、一方的に考えを変えさせようとはしない。
導かれた発見では、患者の現在の誤知覚や信念に通底するテーマを見つけ出し、それを過去の関連する経験と結びつける。治療者は答えを与えるのではなく、データを収集・検討しながら患者が新しい視点から意味を見出せるよう関与する。
これらの方略はソクラテス的対話(Socratic dialogue)によって実施される。具体的には、①情報を引き出す質問、②傾聴、③要約、④発見した情報を患者の元の信念に照らして統合・分析する質問、という手順で進められる。
7. 認知療法の目標
認知療法の目標は、誤った情報処理を修正し、不適応的な行動・感情を維持している前提を変容させることである。短期的には症状の軽減を目指しつつ、長期的には思考の系統的偏りを取り除き、将来の苦悩への素因となるコア信念を修正することを最終目標とする(Beck & Weishaar, 2019)。
主要文献
Beck, A. T. (1967). Depression: Clinical, experimental, and theoretical aspects. New York: Hoeber.
Beck, A. T., Davis, D. D., & Freeman, A. (Eds.). (2014). Cognitive therapy of personality disorders (3rd ed.). New York: Guilford Press.
Beck, A. T., Rush, A. J., Shaw, B. F., & Emery, G. (1979). Cognitive therapy of depression. New York: Guilford Press.
Padesky, C. A. (1993). Socratic questioning: Changing minds or guiding discovery? Keynote address, European Congress of Behavioural and Cognitive Therapies, London.
Young, J. E., Klosko, J. S., & Weishaar, M. E. (2003). Schema therapy: A practitioner’s guide. New York: Guilford Press.
